狩りの練習。 しておかないと。 出て行かないと。 ゴージがつらい。 オレとモモのために、ゴージが無理してる。 笑ってくれるのは本当だろうけど、もう一つ本当がある。 無理してる。 オレが出て行かないと。 モモは、ゴージの傍が一番好きみたいだから。 オレは……そこに、割り込めないから。 本当はモモにするみたいに、オレのことも抱いてほしいけど。 本当にそうされるとヘンな気分で、逃げてしまう。 ゴージはオレが、だからそうされるの、イヤなんだと思ったみたいだ。 なのに今更。 モモとゴージを見てるのもつらいから。 やっぱり出て行かないと。 だから、狩りの練習。 しないと。
高いところは怖くない。 狭いところでも走れる。 塀の上の鳥。 捕まえようと思って、塀の上にのぼって、追いかけた。 そしたら。 何かが腹に、ものすごく強く、痛くて、よく分からなかった。 塀の外に落ちて、そこからまた、ごろごろと落ちたところまでしか、覚えていない。 あとはただ痛くて、それだけだった。
雨が降ってきた。 雨は嫌い。 寒いのも嫌い。 でも動けない。 動けないけど、動かないと。 一人になったら、全部自分でしないと。 ゴージのところ帰らないと。 ……ゴージが拾ってくれた日も、雨が降ってた。 同じ匂いのする、同じ雨。 風も同じだ。 同じのがきたから、オレはもう出て行かなきゃいけない時なのかもしれない。 おなかすいたら、自分で食べ物探さないと。 まずは、雨のないところ、探そう。 でも、やっぱり動けない……。
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ふかふか……。 柔らかい。 いい匂い。 あったかい……。 雨、やんだのか? でも、こんな匂いは知らない。 ここ、何処なんだろう。 目を開けたら、開けていられないくらい眩しくて、すぐ閉じた。 少しずつ、もう一度開けてみる。 ここ、何処だ? 白い。 ゴージのうちじゃない。 白くて広くて、明るい。 それに、こんなに柔らかいベッド、初めてだ。 ふかふか。 さらさらで、気持ちいい。
誰か、来る。 人間? ゴージ?
ゴージじゃ、ない。 ゴージじゃない。 でも……キレイな人間。 今まで見たのの中で、一番キレイ。 明るくて、キレイ。 こんなに眩しいの、こいつのせいなのか? お日様みたいな色の髪が、きらきらしてる。 「気がついたのか。良かった」 手……! ゴージの手だけ。 ゴージのじゃないと、いつもオレを殴ったりする。 ヤだ……! 「怖がらなくていい。いじめたりしないから」 ……本当? ……本当、かもしれない。 オレを殴るヤツとは、違う。 ちゃんとオレを見てる目してる。 手……。 「いい子だ。ひどい怪我だったが、気がついたのならもう心配ない」 あ……! ……いい匂い。 あったかい……。 抱っこしてもらうの、久しぶりだ。 この人はゴージじゃないけど。 ゴージじゃないけど。 ゴージじゃない、いい匂いがする。 ゴージより、いい匂い。 「うちは何処だ? 連れて行ってやるぞ?」 うち……。 ゴージのところ。 でも。 雨はもう降っていない。 オレはもう、出て行かないと。 ゴージのところ。 「……ない」 「ない? ……まさか、捨てられた、のか?」 ? 違う。 ゴージはそんなことしない。 なんでそんなこと言うんだ? 「違う」 「では、家出か? それとも、逃げ出したのか?」 大きいけど、ゴージより白くて、キレイな手。 オレの首輪にさわる。 これはオレがゴージのだっていうシルシ。 だから、ゴージのところにいるのが本当。 でも、オレはもうゴージのところへは、帰らない。 イエデってよく分からないけど、こういうのをそう言うんだろうか。 「それとも、お使いの途中で災難に巻き込まれたか」 サイナン? よく分からない。 「何処かに行くつもりだったのか?」 違う。 どこか、には行くつもりだったけど。 なんて言えばいいのか、よく分からない。 分からないのに言えと言われても、分からない。 どうすればいいんだろう。 目を見ると答えが見つかることがあるから、見てみる。 ゴージのは赤かったけど、この人のは緑色だ。 ゴージのはキレイで見てるとそわそわしたけど、この人のは……ヤサしくて、……まあいいか……そわそわは、しない。 しなくて、いい気持ちだ。 「言いたくないなら、構わんが。それなら怪我が治るまで、ここにいるんだ」 あ……。 ヤだ。 もう少し。 手。 ここにいて。 「ん?」 ……オレ、変だ。 こんなこと、今まで思ったこともない。 いてほしい、とは思ったけど、いつもそんなもの、すぐに消えたのに。 「分かった」 オレはまだなんにも言ってないのに。 また、抱っこしてくれる。 ナニが分かったんだろう。 どうして分かったんだろう。 ……まあ、いいや。 こうしているとあったかい。 あったかいと、一人じゃない。 怖くないし、寒くないし。 眠い……。 そういえば、モモがいつも、ゴージにくっついたまま寝てた。 こんな気分だったのかもしれない。 そうなら、分かる。 オレがいなくなったら、モモはゴージ全部モモのものにできて、いつもこうしてたっていい。 ゴージは人間だから、モモだけいればいい。 オレがいなくても、ゴージは困らないし。 オレがいないほうが、オカネが少なくていい。 オレは……。 一人に、ならなきゃいけない……けど、ここにいたら、ダメなんだろうか。 でも、オレは「ケモノ」で、みんな人間は嫌がるし。 人間に、オネガイなんてしたらダメだし。 ……怪我が治るまで。 治ったら、捨てられるのかな。 「どうした?」 優しい手。 撫でられるのは、好き。 本当は、好き。 でもこんなふうに安心してたら、ナニかきた時にモモを守れないから。 でも、オレはもう一人だし。 ゴージよりずっとふわふわしてるけど、ゴージによく似てる。 オレのこと、嫌わないのかな……。 オネガイしても、イヤなカオしないかな……。 「……オレ、ここにいたら、ダメか?」 う……。 …………。 やっぱり……。 やっぱりオレはいらなくて。 捨てられる。 「首輪が、あるだろう。誰かに飼われていたんだろう? その人のところに、帰らなくてもいいのか?」 ゴージのところにはオレがいないほうがイイことばかりだ。 ゴージのところに帰ったら、オレはまた、ゴージといるモモを見てるだけになる。 見てるのは……イヤ。 イヤな気分になる。 「やっぱり、家出してきたのか。帰りたくないというなら、連れて行こうとは思わんが……。手入れもされているし……いじめられていたようでもないのに。なあ、おまえ。何か言われて、いじめられたと思って逃げてきたのかもしれないが、今頃、探してるかもしれないぞ」 そんなこと、ないし、ちゃんと分かってる。 ゴージはオレのこと、探してくれる。 でも、帰るよりここにいたほうが、みんないい。 ……アンタは、イヤかもしれないけど。 イヤなことしか、ない、のかも、しれないけど。 オカネかかるし。 「ケモノ」といると、みんな笑う。 ゴージは平気なカオしてたけど。 この人も、オレがケガしてたから助けてはくれたけど、いられると邪魔なのかもしれない。 だったら、やっぱりオレは一人にならなきゃ。 一人……。 いつも寒くて、淋しい……一人って、そういうことだ……。 そんなのイヤだけど……。 ガマンしなきゃ……。 「お、おい。なにも泣かなくても……。ほら。帰りたいなら、俺がちゃんと連れて行ってやるから。だから、泣くな」 あったかいほうがいい。 一人なんてイヤだ。 一緒にいたい。 でもゴージはモモので。 オレがいないほうが良くて。 だったらオレは、ガマンして一人でいなきゃ。 人といたいなんて、思ったらダメなんだ。 「分かった。出てく」 「こら。何を急に。怪我も治ってないのに」 「治ったら出てくんなら、今出てく。ここにいたら、ここにいたくなる」 そのほうがつらくなる。 ここにいたら、ここにずっといたくなって、出て行けと言われたら、ずっとつらくなる。 間違いない。 「何を言って……? ここが気に入ったのなら、いればいいんだぞ? 出ていかなくても。しかしな、おまえの飼い主だって心配しているだろうし、おまえは本当にいいのか? 本当は帰りたいんじゃないのか?」 帰りたいけど、帰ってイイことなんてない。 ゴージもモモも、オレも。 「いい」 「……そうか。本当に、それでいいなら、首輪を外すぞ?」 首輪。 ゴージのものだっていうシルシ。 「……うん」 「外したら、新しいのをつける。そうなってから、やっぱり帰る、なんて言い出すなよ?」 「うん」 「とは言え、首輪なんて用意してないからな……」 そう言いながら、優しい手がオレの、ゴージの、首輪を。 外して。 首が、淋しい。 はじめは大嫌いだったのに。 ないと、なんだか変だ。 「明日、買いに行く。それまでは、このままだ。おまえは誰のものでもない。だから、もし帰りたくなったら、帰ればいい」 マジメなカオして、オレに言う。 「これは、ここに置いておくからな。もし帰りたくなった時には、俺に言うか。それとも一人で帰るつもりなら、これ、自分でつけられるか? ちゃんとつけて行かないと、大変なことになるぞ?」 首輪? たぶん。 ベルトと同じだし。 「ほら。寝付くまでいてやるから。それだけ分かったら、もう一度寝るといい。少し熱がある」 柔らかく押されて、柔らかい枕に頭が埋もれる。 オレを、飼ってくれる……のかな。 飼ってくれるんだよな。 いても、いいんだよな? 笑ったカオ。 嘘じゃ、ない、本当。 おとなしくしてるから。 アンタの言うことなんでも聞く。 アンタのしてほしいことしてやるし、我が儘言わないから。 だから、オレを好きになって。 ずっと、笑っていて……。
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