ゴージのてがみ。 『しごとにいく。かえりはよる』 いつもといっしょ。 いつも、いっしょ。 ……ぜんぜんちがう。 いっしょじゃない。
なんにもすることない。 することないから、ねむくなる。 おきてたって、だって、ひとり。 おきてたって……ひとりなんだ……。 ゴージ。 はやくかえってきて。 ひとりでいるの、いやなんだから。
いつもいてくれたのに。 ゴージがしごとにいってても、いつもオミトがいたのに。 いっしょにまってたから、まってるの、いやじゃなかった。 でも、ひとりでまってるのはいや。 オミトがいないの、いや……。 ずっといっしょにいたのに。 ずーっと、いっしょにいたのに。 いまは、いっしょじゃない。 どこいったの? なんでいないの? はやくかえってきて……。 ひとりでいると、ふたりじゃない。 「ゴージ……」 はやくかえってきて。
ゴージのシャツ。 ゴージのにおいがする。 いいにおい。 ゴージのにおい、だいすき。 オミトもゴージのにおい、すきだって。 だからゴージのにおいがたくさんついてるシャツが好き。 おひさまのにおいがいっぱいして、そこにゴージのにおいがまじってると、もっとだいすき。 ゴージはおこるけど、ゴージのにおいするんだ。 だから、ゴージのシャツ、だいすき。 いつも、こうやっておれがあそんでると、オミトもきた。 いっしょにあそんでた。 オミトもすきなんだよ。 だから、とりっこするの。 かんでね、ひっぱるの。 おこられるけど……ホントにおこったりしないから。 ゴージのシャツ。 ……オミトのにおいも、する……。 なんで、いなくなったの……。 なんで? なんでかえってこないの……?
………。 ゴージのシャツにいっぱいうもれてたら、ゴージといるみたいになるかな。 でも……シャツは、だっこしてくれない……。 なでてくれないし、なんにもはなしてくれない。 ゴージになまえよばれるの、だいすきなのに。 ゴージ……。 しごと。 しごとなんか、なくなればいいのに。 そしたら、ずっといっしょにいてくれるのに。 ゴージ……はやくかえってきて……。
思ったよりさっさと片付いてうちに戻って、俺は唖然とした。 部屋中に散らかった、俺の服。 迂闊だった。 洗って、干して畳んで、置きっぱなしにしていたのがまずかった。 モモがそれをメチャクチャにしていた。 それにしても、こんなに荒らされたことは今まで一度もなかったんだが。 少し強く叱ってやるべきか、と思って、部屋の真ん中で、俺のコートにくるまって寝ているモモを見下ろす。 鼻先にまでついた、涙の跡。 「ゴー……ジ……」 寝言に呟く、俺の名前。 何をどう説明されなくても、淋しかったんだな、と分かった。 することもないし、遊び相手もいない。 外にも出られない。 一人で出歩くのは危ないから、鍵をかけていった。 モモは鍵の外し方を知らない。 ……なんでも勝手に覚えていったオミトとは違う。 教えればすぐに覚える。その覚えの良さはオミト以上かもしれないが、教えないかぎり、あえて覚えようとはしないようだ。 一人ぼっちで待っている寂しさは、ストレスにもなるだろう。 暴れたところで、仕方はない。 叱っては、可哀相だ。
俺は散らかった服をもう一度畳みなおし、モモがしがみついているコートだけはそのままに、その傍に落ち着いた。 少し癖の出てきた髪を撫でる。 それで敏感に目を覚まして、モモは寝惚け眼のまま、俺の膝によじ登ってきた。 俺の足の上に半分乗っかって、また目を閉じる。 これからまた毎日のように、一人で留守番させておくわけにもいくまい。 かといって、表に出られるようにしてやるのは……帰ってこなくなったオミトのことを思うと、心配でならない。 何処かで無事に暮らしているならいい。 誰かに拾われたとか、声をかけられたとかして、そいつが俺より気に入ってついていったというなら、それはいい。構うことじゃない。 けれど、何処かで怪我をして動けなくなっているとか、タチの悪いハンターに狩られたとか……想像するだけで気が滅入る。 この街は確かに獣人にあまりうるさくはないが、だからといって帝都のように保護されているわけでもない。 何処にでも馬鹿な奴はいて、誰かに飼われていようがいまいがお構いなしに、虐待したり、ひどい時には売り払ったりする。 オミトは警戒心も強く気配に敏感で、利口だった。 だから、これまで何度か怪我をしてきたことはあったが、いつもちゃんと戻ってきた。 安心していた俺が短絡的だったのかもしれない。 いくらオミトでも、遠くから弓などを使って狙われたら、かわしようもないだろうし、何人もの相手に囲まれては、うまく逃げ出すこともできないだろうに。 生まれて一年足らずのワータイガーの子だ。 モモくらいに無邪気で普通なのに、やけに屈託があって……まだほんの子供だということを、忘れていた。 俺が馬鹿だ。
オミトがどうなったかもしれない上に、モモは俺が仕事に行っている間、一人でうちにいることになってしまった。 ……仕事に、連れて行ってみようか。 そう切羽詰って稼がなくとも、モモだけなら余裕をもって養える。 仕事の量を減らすのではなく、質を落として、手伝わせてみようか。 そうすれば少なくとも俺の目の届くところにいることになるし、一人ぼっちで待っていなくてもいい。 多少危険はあるが、俺は、「ガイア」と剣の名で呼ばれるほどの男。 その名に相応しいほどの力があるというなら、モモくらい守りながら戦えてしかるべきじゃないか? モモが起きたら、聞いてみようか。 怖いというなら無理強いはしないが、……答えは、聞かずとも分かっているような気もする。 もしモモが足手まといにならない程度に強くなったら、ここを離れて旅に出るのもいい。 そうすれば、何処かでオミトの噂を聞けるかもしれない。 いくらなんでも、顔に六本も傷をつけられたワータイガーなど、そうそういるとは思えない。 何処かで会えれば、また一緒に暮らせるかもしれない。 なにより、モモが喜ぶだろう。 オミトだって、モモに会いたいはずだ。
「ん……オミ、トぉ……」 モモが呟いて、小さく鼻を鳴らす。 モモの目が覚めたら、聞いてみよう。 俺の仕事を手伝う気はないかということ。 そして、強くなったら旅に出ないかということ。 出会いの思い出と、不意の別れの記憶が雨になる、この場所を離れて。 もっと静かな雨が気まぐれに降るような、どこか遠く離れた土地へ。 おまえがもう少しオトナになったら、旅に出ようか。 モモ。 オミトを探して、旅に出ようか―――。
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