将来設計


「はあ……。そろそろ俺たちも卒業だな……」
「なんだ辛気臭く溜め息なぞついて。老後の心配か」
「何故そこでいきなり『老後』なんだ(怒)」
「いや、ここにいるうちは三食屋根つきだが、卒業すればゼロだろう。職を探すにしてもこの不況時、欲しいのは多少酷使したところで壊れそうにない上に肝心なところで頭の足りない扱いやすくかつ何より若い働き手で、それも待遇のいい大手商社は大卒くらいの学歴がなければ見向きもせん。無論、贅沢を言わなければ職はいくらでもあるというものだが、3Kは老体にはつらかろう。しかし働かずにいてはやがて日々の食事にも事欠くようになり、食事をまともにとれないとなると更に体力の低下を招き病気がちにもなり、ダンボールの家では体の節々も傷み始めようし、持病のリューマチは悪化するは朝晩の冷え込みは骨身に染みるは、さりとて面倒を見てくれる息子や孫がいるわけでもなく、一人淋しく路上の片隅でいつしか冷たくなっている朝のこととか、あるいは勘違いしたゲームオタクに格ゲーの技を試されたりなんかしても最早反撃できる力もなく、失意と絶望と深く果てしない後悔のうちに華やかなりし過去の栄光を夢見つつ息絶えていく夜のこととかを思うと思わず涙が溢れて前も見えなくなるが、心配するな。おまえという男がいたことを俺は生涯忘れないからな」
「よし、そろそろツッコんでもいいぞ」
「貴様はツッコミどころを待って人を羽交い絞めにしとったのか!」
「おうっ!? 相手が違うぞ羅刹!」
「まあまあ、喧嘩はよせ。大人気ないぞ」
「誰のせいだと思っとるか!?」
「喧嘩両成敗というからな。二人とも悪い。それで平等だ。そら、だから仲直りのア・ク・シュ★
「……羅刹。俺が悪かった。謝るから、あいつと関わるのだけはよそう」
「なんとなく不本意な気もするが、それは正しい」
「で、老後のことなら心配するな。俺がなんとか面倒見てやるからな。下の世話以外なら」
ちッがぁ〜〜〜〜うッッ!!
「なっ、何を怒ってるんだっ!? 俺はただおまえの悩みを真剣に聞いてやろうと四年に一度の貴重な慈悲心を発揮してやっているというのにっ!?」 
「四年に一度発揮するくらいなら、永久に封印したまま墓にまで持って入ってくれ(泣)」
「い、いかん。こいつらと話してると脳が腐る」
「まあしかし、職についちゃ、ちっと本気で考えねえとな。なにせこんなトコで誰かさんに付き合って十何年もセーシュン消費した挙げ句、そもそも俺ら、学校行かずに修行してたような有り様だろ? 世知辛い現代日本じゃ、おいそれとマトモな職はねえぜ」
「うむ。卍丸、おまえはどうするつもりなのだ?」
「俺はお師匠さんの墓参りに行って、仇ァ討ったこと報告したら、しばらくはそこにいるつもりだけどな」
「暑苦しくも麗しい師弟ア……」
「それはいい。俺も師に挨拶にでも行ってみるか。考えてもみれば、まともに職につこうとするより、もう一度心身ともに鍛えなおしたほうがいいのかもしれん」
「そろそろ腹の出具合が気になるお年頃だしな」
「ゆくゆくは人に教えられる身になりゃあ、師範ってのも立派な仕事だろう。そういうのもありだと思うぜ」
「そうだな。それはそうと昨夜のナイターだが」
「全力で無視する気満々だな。ま、俺たちは俺たちで★」
断る
「まあそう言わずに」
イ・ヤ・だ
「そう言わず」
「分かった話には付き合ってやるから笑顔で鋼線用意するのはやめろ。で、ほら、聞いてやるから3秒で答えてとっとと俺の目の前から永遠に消えてなくなってくれ『おまえはどうするつもりなんだ何かつくつもりの職でもあるのかあるなら教えてくれ俺とおまえの仲じゃないか隠すことなんてないだろう』。さあ、
「見事な棒読み、それもワンブレスで言い切ったな」
「薬剤師」
「それはまた物騒な上に無茶な職だな。というかそれは職なのかそれとも単なるパチモンなのかかなり微妙だぞ」
「……? 物騒な上に無茶で、パチモン?」
「バッタモンとも言う」
「ああ、あのベルトの力で変身する
「最近はクワガタや龍がモデルらしいがな」
「カブトムシがモデルなのもいたな」
「俺はアマゾンが好きだったが」

「アマゾンといえば、幼心にもあのインパクトのある主人公の姿は恐かった。変身後よりむしろ変身前のほうが

「おまえに『幼心』なんて可愛らしいものがあった時代があるとは到底思えんがな」
「何を言う。それは今でこそ俺はこんな男前だが、幼い頃にはそれはもう超絶美少女に間違われるような愛くるしい少年だとご近所の皆さんにも評判だったんだぞ」
「ご近所? 猿とか熊とか猪か」
「人の過去を勝手に文明から隔絶するな
「過去の己を勝手に捏造するからだ」
「火のないところに煙は立たぬ」
「嘘つきは泥棒のはじまりだ」
「泥棒というよりむしろ詐欺師のはじまりといったほうが適当だと思うんだがな」
「語感の問題だろう。『嘘つきは詐欺師のはじまり』では言いにくい。というか、詐欺師も泥棒の一種だろう」
「この小鳩のような胸の奥にそっと、銀の鍵かけて仕舞っておいた俺のハートを盗んだ憎いあの人、でも憎めない、これは? それとも?」
「今頃そのハート、豚の餌だな」
「それはまたずいぶんと美食家の豚だな」
「…………」
「フッ。俺の勝ちだな。で、そろそろ元の話題に戻ってもいいか?」
「好きにしろ」
「じゃあ遠慮なく」
のしかかってくるなッ!!
「好きにしてと言ったのはそっちなのに、今更怖気付いたのかい、可愛い子猫ちゃん? 大丈夫、俺に任せていれば何も恐いことなんてないんだよ?」
「すみません俺が悪かったですだからもう許してくださいお願いします勘弁してくださいごめんなさい心から反省してます本当に申し訳ございませんだから退いてください(泣)」
「案外度胸がないんだな」
「そんな度胸はくれると言ってもこっちから願い下げだ。とにかく戻りたい話題があるならさっさと戻って片付けて、こんな拷問みたいな時間は終わりにしてくれ」
「そう言いながら楽しそうじゃないか。ってことは何か。拷問だと思いながら楽しんでいるということは、つまり拷問されることが楽しいというわけで、だったら影慶、俺にもおまえのためにしてやれることがあるようだぞ。さあ遠慮せずについてこい! その歪んだ性癖を満たしてやろうじゃないか!
「そのは何処から出した!? というか俺をその馬鹿力で引っ張るんじゃな〜〜〜いッ!!」
「危ないな。自分の手が毒手だってことはちゃんと自覚して振り回してくれ。俺を殺す気か」
「殺していいなら今すぐにでもそうしてやりたいのは山々なんだがな、貴様の命ごときと一緒に己の人生棒に振ってたまるか

「ところで、元の話題ってなんだったかな」
羅刹の老後についてだろう」
「ち……ッ!!」
「よせ羅刹! ツッコんだが最後、巻き込まれるぞ! あの二人は動物園の猛獣と一緒だ。檻の外から眺めてるくらいで丁度いいんだ。何を吼えてようがこっちが檻の外にいるなら、無視しておけば騒音以上の被害はねえが、中に入ったが最後だぞっ!」
「むぅ、確かに」
「頼むから俺をこいつとは一緒にしないでくれ」
「つれないなぁ。一つ鎌で首狩った仲じゃないか」
「そんな物騒な仲になった覚えはない」
「つまりあの目くるめく夜のことも覚えてないと言うんだな?」
「あの夜もその夜もどの夜も、記憶にもなければ身に覚えもない!」
「しらばっくれたって駄目だ。もう3ヵ月なんだ★
「俺の知ったことではないが仮にも同じ死天王の一人として言ってやる。心配するな。それだけ鍛え上げた腹筋なら胎児にとっては鉄の壁だ。ほっといても100%流れる」
死天王に出産手当とか育児休暇ってあるのかな?
「貴様のことだから単性生殖くらいやりかねんが、万一孕んでも生まれてはこん。それがこの世に害悪を増やすまいとする神の意思というヤツだ。それでも奇跡的に生まれた時には出産祝いくらい豪勢なものをくれてやる。だからあたかも俺と何かあったかのような勢いで話を進めるのはやめろ」
「あ、動いた♪ ほらほら、触ってみろ」
「嬉しそうに手招くなッ! というかそれ以前の問題として人の話を聞け! だいたいなんでこんな馬鹿な話になってるんだ!?」
「薬剤師の何処が物騒で無茶でパチモンなんだ」
いきなり話を戻すな〜ッ!!
「じゃあ俺たち二人の将来について話し合おう。あ、もうすぐ三人だな。いや、ひょっとしたら双子かも。だったら四人だが、それも賑やかでいいな。どうせなら女の子がいいよな。どっちに似ても美人になるぞ」
「話を戻してくださって構いませんのでその話題だけはもうここでおやめいただけるようにお願い申し上げてもよろしいでしょうか?」
「その場合、『はい』と答えても許可されるのは『やめるように言う』ことそのものだな。言うだけなら言わせてやるから、『いいぞ』」
「その、わざわざ逃げ道がないことを確認させてから『逃げないのか?』と問うような論法はやめてくれ」
「なんだ、おまえはやめてほしいことばかりだな」
「いっそおまえに存在すること自体やめてもらいたいところだがな」
「そんなことを言って……。大切なものほど、失ってからしか気付けないものだぞ?」
「安心しろ。ことこれに関しては絶対に後悔などせん。俺としてはこの胸を切り裂きさえすればこの思いが伝わるならいくらでもそうしたい気分だ
「前々から思ってたんだが、それって、伝わったところで受け入れてもらえるかどうかとはまた別問題ということは、完全に犬死になることもあるとは思わないか?」
「この場合は完膚無きまでの犬死だな」
「いや、そうとも限らねぇだろう。どっちにしたってもう関わらなくて済むようにはなるぜ」
「なるほど、それは確かに」
「というわけだからよ、影慶。俺たちは止めねぇから、やるならやれ。最後まで見届けてはやる」
「頼むから三対一でも勝てない奴を相手にしている時に、追い討ちをかけてくるのはやめてくれ」
「勝てないと分かってる相手の戯れ言に付き合うおまえの気がしれねぇけどな」
それの相手はよほど好きでもなければつとまるものではないからな。邪魔はせん。せいぜい頑張れ」
「貴様等、何処までも友達甲斐のない……」
「そんな国連指定レベルの天然危険物つきの友達持たなきゃならねぇほど淋しいわけじゃねえからな」
「まあまあ。もうその辺にしてやったらどうだ? 大人気ないぞ?」
諸悪の根源がまたしてもそれを言うな!
「うっ。ま、まずいな。巻き込まれつつあるじゃねぇか(汗) 羅刹。そもそも同じところにいるのをやめたほうが良さそうだとは思わねぇか」
「それもそうだな」
「ってことで、頑張れよ、影慶。じゃあな」
「さりげなく、友達甲斐どころか血も涙もない奴等だな」
「なにを言っている。俺たちに気を遣って二人っきりにしてくれたんじゃないか。感謝せねばな」
「俺は恨んで憎んで呪い殺したい気分だ。かくなる上はさっさとノルマを消化するしかない。だいたい貴様が人と関わることを前提とする職につくというだけで危険極まりないのに、それがよりにもよってヤクザ医師とはどういうことだ」
「……なんか変なイントネーションだな。もう一度言ってみろ」
「『だいたい貴様が人と関わることを前提とする職につくというだけで危険極まりないのに、それがよりにもよってヤクザ医師とはどういうことだ』」
「録音したかのごとくそのまんまもう一回言ってくれてありがとう。で、もう一度言ってみるか?」
「分かった! 分かったから首に鋼線巻くのはやめてくれっ! それも自分の首にまでッ!! 薬剤師だな、薬剤師、薬剤師。しかしおまえ、そういうのには試験とか免許とかあるだろう。いつの間に勉強してたんだ。毎日遊んでいるようにしか見えなかったが」
「そう難しいものでもないぞ。要はいかにバレないように写真を張り替えるかだからな」

「偽造するな!!」 

(おしまい)

 
ここまで引っ張ってオチがこれ、ということそのものがオチ……