Under The Rose

「戦うより歩くことが難儀だとはな」
 薄く笑った。

 笑わない。
 怒らない。
 泣かない。
 そんな男が、そう言って笑った。
 重みに押しつぶされそうになる。
 たった一瞬の、ほんの僅かなそれに、抉り取られる。

 皆を先に行かせ、まるでただ、何か背後に気になることがあるかのような言い訳で、それを微塵にも不自然に思わせず、一人残った。
 何かを感じているようにも見えないまま、壁に背を預け、ゆっくりと座った。
 そして、右脚を押さえる手。
 塾長の命令など、どれほどのものだと。
 そして俺が現れても、センクウは驚きもせず、ただ言ったのだ。
「戦うより歩くことが難儀だとはな」
 そして、薄く。
 滅多に動くことのない唇に、笑みを浮かべた。

 肩を貸し、痛む脚の代わりになってやりたい。
 だが、俺はまだ「生き返る」わけにはいかない。
 そして、そんなふうにしてセンクウの右脚のことを、人に知られてしまうわけにもいかない。
 俺がセンクウにしてやれるのは、戻ってくる者がいないか、見張ることだけ。
 他には何も。
 膝の上。
 腿を掴む右手。
 そこにある痛みに、何一つしてやれることはない。

 望みがあるなら叶えてやりたい。
 この俺の力及ぶかぎり。
 だが俺は、その望みを知っている。
 描いたとおりに生き抜くこと。
 憐憫や同情などというものに煩わされることもなく、倒れるその時まで、痛みに気付かれることもなく立ち続けること。
 だから。
 何もしないこと。
 センクウが俺に望むのは、その姿をただ見守ることなのだ。
 だが、ただそれだけのことが、この男の。
 小さな微笑みに託された、俺への、最大の……。
 信頼。
 俺の思いに応えるための、譲歩。
 俺への―――。
 俺を……それくらいには愛してくれている、と、自惚れてもいいのだろうか……?

 黙って立ち上がる。
 その脚が作り物だとは、そこに痛みがあるとは、思えないほど普通に歩く。
 一言何か口にするでもなく、俺を見ることもなく、先に行った者たちを追って歩き出す。
 俺はその背を見送る。
 やはり一言、言葉もなく。

 言いたい言葉は何一つ言ってはならず。
 差し伸べる手も、取られることはない。
 俺はただ口を噤み、拳を握り締め。
 おまえのもたらす痛みを確かめる。
 誰も傷つけず誰も煩わせずにいるおまえが、俺をこうして傷つける。
 このやりきれない思いだけが、他の誰よりも近い、おまえとの距離を示してくれる。
 決して届かず、触れるわけにはいかずとも、誰よりも近くにいるのだと。
 センクウ―――。
 自惚れても許してくれるだろうか……?

 

(End)