*おことわり*

 これはあくまでも「試作」です。
 この私がこんな場所に、丁寧語でおことわりを入れようかというほど、あくまでも、一つの設定を模索する過程において生じた、一つの解釈に過ぎません。
 表せているかどうかは分かりませんが、出したかったのは

「格好つけて最低な伊達」
「なりふり構わず格好いい富樫」

 二人を比較するために、その設定を念頭に書いているので、伊達を心から愛している人にとっては、「こんな伊達イヤ」という以上に苦いものが残りかねません。……うまく書けていれば、の話ではありますが、
 その可能性がゼロではないことを承知の上で、あくまでも、こういう解釈もある、という一つの見解として、心の広いかた、話は話として自分の好悪感から切り離せるかたのみ、お読みください。

 ちなみに、場所や日時、状況などはほとんど設定されていません。

 

 

崩 落


 

 音を立てて、壁が、柱が、天井が、崩れていく。
「退け! 早く退くんだ!」
 桃の声が轟音を貫いて響き渡った。
 出口も早、崩れかけ、かろうじて人一人が潜り抜けられる隙間があるばかり。
 瓦礫を足場に、その小さな脱出口を目指して這い上がる。
 まずは怪我人が優先だ。
 それから、己は最後と決めつけたような桃を、虎丸が力任せに外へ押し出した。
「おまえだけは絶対に消えちゃならねえんだよ」
 にやりと笑った虎丸が、自分も素早く外に出る。
 押し出す者と引き上げる者がいたほうがいい。大柄な自分は先に出て、引き上げる役を担うべきなのだ。
 たとえそれが、助かりたい一心と思われても構わないが。
 無論、虎丸の真意に気付かぬ者は一人としてなく、差し出して傷つくのも構わない、彼の腕に縋る。
 降り積もる瓦礫、地鳴りを上げて揺れる城。
 崩れようとするその重量に押しつぶされて、小さなその出口は次第に狭くなっていく。
「私は最後で構いません。この中では一番小柄ですし、一番、速さには自信がありますから」
 頬に落ちてきた血を拭い、飛燕が微笑む。
「馬鹿言うんじゃねえ! 俺が気付かねえとでも思うのか!」
 富樫が怒鳴る。
 飛燕の足は先刻の戦いで傷つき、歩くのがやっとという有り様だ。
 その足で跳べるはずもない。
 無理やりに肩に担ぎ上げて、外の虎丸と、にやりと笑いあう。
「頼んだぜ」
「おうよ」
 そうして飛燕を外に放り出すと、後に残ったのは、富樫と伊達の二人だけだった。
 慌てた様子も見せず佇んでいる伊達を見て、富樫は顔をしかめる。
 このプライドの塊のような男は、先に行けと言えば必ず拒むだろう。
 誰が先に行くか。たかがその程度のことで何がどうなるというわけもないのに、面倒にもこだわる。
 富樫が自分を後回しにしたのは、自分がこの中では最も軽傷で、いざとなれば瓦礫を掻き分けてでも這い上がる自信があればこそだ。
 伊達は決して軽傷ではない。
 だがそれでも先に行こうとはしない。
 くだらないことにばかりこだわって、時々効率や都合といったものを無視する。
 扱いづらいことこの上ない。
「先に行くぜ」
 富樫はそう言って、脆くなった瓦礫の上に飛び上がった。
 足場は悪いが、外から必死にのばしてくれる虎丸の手が触れる。
 この手さえ掴めば、たとえ今ここで城が完全に崩れようとも、奴はきっと死に物狂いで引っ張り出してくれるだろう。
「頼むぜ、虎!」
「任せろい!」
 飛び上がり、相棒の手を掴む。
 がっちりと痛いほどに手首をとらえる、汗ばんだ手。
 その手を力を込めて握り返し、逆の手で学帽の庇を掴んだ。
 兄の形見。そして、自分のお守りでもある。
(こいつがなくちゃあ、様にならねえからな)
 ふっと笑った時、思い切り瓦礫に頭はぶつけたが、その衝撃と共に瞼の裏が明るくなった。
「い……っデェェェ……っ」
「わ、悪ィ、富樫。ちっと目測誤って……」
「馬鹿虎ァッ! わざとじゃねえだろうな!?」
「当たり前じゃねえか! よし! あとは伊達だけ……!?」
 振り返ったそこに、あるのは人の手がぎりぎり入るかどうかという、小さなうろだった。
「だ……伊達ェッ!」
「虎! 掘るんだ! 掘りゃあちっとはでかくなる!」
 言いながら、富樫は既に穴に飛びついていた。
 屈みこんで、必死に瓦礫を投げ、土を掻く。
 地揺れのせいで何度か引っ繰り返りながらも、虎丸と二人で犬のように掘りつづけた。
 なんとか中が覗けるほどになった時。
 相変わらず静かに佇む伊達が見えた。
「伊達! 飛べ! おめえならそこからでも飛べるだろう!?」
 俺の手さえ掴めば、あとはこの腕が抜けようとも引きずり出してやる。
 富樫は穴に頭と右肩を突っ込み、手をのばした。
 だが、伊達が言ったのは。
「どけ」
 という一言だった。
「誰が貴様の手など借りるか。そこをどけ」
「無茶言うんじゃねえ! いくら届いたって……」
 引き上げる力がなければ、掴んだ瓦礫ごとまた落ちる。
 今こうしている富樫の足場も、下は空洞だ。
 かろうじて、折り重なったいくつもの瓦礫の重みで浮いているだけで、いつ落ちても不思議ではない。
 そのことに気付いている桃は既に後方に待機し、指示を出している。
 虎丸は、万一足場が崩れた時には、富樫を掴んで後ろへ放り投げられるよう、低く構えていた。
「伊達ッ!!」
 富樫が叫ぶ。
 それに、伊達は肩を竦めて笑った。
 そして、富樫を見る目に暗い影がよぎる。
「てめえの手だけは、借りたかねえ」
 憎しみに似た、薄暗い炎だった。
「富樫……ッ!!」
 桃が怒鳴る。
 ふっと沈む足場。
 瞬間、ベルトを掴まれて後ろへと投げ飛ばされた。
 その勢いのまま、投げた虎丸もまた後方へ飛ぶ。
 とても体勢を整えることなどできない二人を、桃とJが体で受け止めた。
 四人団子になって地面に転がる。
 ズズズ、と引きずるような音を立てながら、古い城はゆっくりと地面に沈みこんでいった。

 地鳴りの消えた静寂に立ち、富樫は自分の手を見つめた。
 差し伸べた手。
 届かなかったのではなく、拒まれた手。
 もし、これが桃の手だったら、伊達は掴んだのだろうか。
「富樫」
 肩に置かれた桃の手が温かい。
 おまえのせいじゃない。
 そのぬくもりが告げるが、富樫はゆっくりと首を横に振った。


(終)

+ 伊達考 +

 あるかたとのお話の中で、熱烈な富樫ファンは、たいてい伊達が嫌いだ、という傾向について語った。
 そこを突き詰めて考えてみたところから、生まれたイメージ。
 私の思う伊達というのは、今の彼がどう生きていようとも、「自虐、自己嫌悪、劣等感、狂気」、これらを根底に敷いている。
 人間として、どうしても自分の存在が自分自身、許されないような気がしてならないというか。

 それを、たとえば諦めることで受け入れて優しくなったのが『赤い籠』の伊達。
 苦しみながらも、許してくれる人を信じようとして、信じつつあるのが「TENDER EYES」の伊達。
 そして、自分の過去の所業を嫌悪する、人間らしい感情のないのが『タダ貴方ダケナノニ』の伊達。

 というように、うちにはいろんな伊達が跳梁跋扈している。

 だが全て、富樫という男にはまったく関わらずに動いている。
 伊達は富樫をどう見ているのか。
 『赤い籠』伊達はたぶん、優しくなった時点で、負けを認めている。「俺なんかとは違う」という100%自己否定方向ではあるが、富樫という男に良いところ、素晴らしいところを認めていると思う。
 「TENDER〜」伊達は、人から許してもらえること、受け入れてもらえることで、自分でも自分を受け止められるようになっているから、素直に「奴はたしかに俺よりできることは少ないかもしれんが、何ができるできないなんかじゃなく、とにかく凄い奴だ」と称賛に近い認め方をしているんでないかねぇ。
 『タダ〜』系は殺しあえる相手しか見てないから問題外。

 で、作者がひたることをやめ、ただ現実的に二人の男について考えると、設定可能なポジションからして、「副将」「桃の隣」「飛燕の傍」と重なりまくる。
 そうして伊達が、もし普通に富樫を意識してしまったら。
 何ができなくても(伊達から見て、戦闘技術や知識のこと)、人間としての自分に自信があり、人から愛されていることも、自惚れではなく事実として信じていて、また事実として愛されている富樫には、どうしようもない劣等感とか嫉妬とか、伊達自身が絶対に認めたくないものを、感じずにはいられないと思うのである。
 そういうものを自分の中に沸き起こらせる富樫のことは、この世で一番嫌いになると思える。
 で、常にそういう嫌な感情だけに翻弄されていれば、ますます自棄的になるはひねくれるわ、えらいことに。

 プライドばっかり高くて、その実、人間としての自分には全く自信がなく、だから「できること」や「あるもの」でしか自分の価値を確かめられない。
 振る舞いや、戦闘などの技量でしか自分の価値を示せないから、それをないがしろにされると許せない。
(富樫は逆に、そんなものがなくても、自分のしてきたこと、生きてきた道、自分自身に自信があるから、三枚目の行動をすることに躊躇いがないわけ)

 これは、そういう、人間として完璧に未成熟な伊達の試作。

 伊達ファンとしては、こういうんじゃない伊達のほうが好きだが、もの書きとしては、人間のどうしようもなさとか、残酷さ、弱さ、そういうものを突きつけてやりたいという欲求もあり。

 そんなわけで、一つの問いかけとしてアップしてみたのであった。