烏の足跡



2011年2月16日(水)

 トランスフォーマー・アニメイテッドCDを借りてきました。
 ……もういいかな、と思ってしまいました。
 メガトロン復活はいいのですが、その後の展開にどうにも興味が持てないというか、なんというか。
 それに、伏線ぽいものがまったく伏線でなく?
 オプティマスがやたらは「私の言うことに従え、これは命令だ」と強硬に出ているところばかり何度も出てきたら、普通思うじゃないですか。こういう一方的で他人の意見や思惑を無視したやり方では、いいチームワークは生まれない、とかいう展開になるんじゃないかなと。
 しかしその後はさっっっぱりです。誰が反抗するでもなく、なにかがそのせいでうまくいかないわけでもなく。
 キャラクター的にも、この後に追加されるマグナスとかに興味が持てず、こんなんだったらカーロボット見てればいいかとか、初代見てればいいやと思う次第です。
 子供の視点で見ると、また違うのかもしれませんけどね。人気のほどってどうなんだろう?



2011年2月17日(木)

 おんや……タロット関連でメッセージをいただけるとは思いませんでした。わぁい♪
 タロットがらみのことはザレゴトでしか書いていないので、またこちらも読んでいただけるかなぁということと、メッセージこそ送っていないものの実はちょっと興味があるという人もいるかもしれないので、ここでウダウダ書こうと思います。

 タロットは―――前に書いているかと思いますが、私は「占い」というよりも「自分の視点を変えて物事を見直すため」という使い方をしています。なので、神秘的に当たるのどうのではなく、当たるも外れるもない使い方です。
(こういったこともいずれコーナーとして解説したときに書きますが、今はメモも兼ねて、ちょいと語っておきたいと思います)
 この使い方については、私なんぞが偉そうに語るまでもなく、伊泉龍一さんというかたが、「リーディング・ザ・タロット」という本の中で論理的に、整然と書かれています。
 私は、彼の著書を読んだからではなく、たまたま同じようなアプローチに辿り着きました。で、著作を読んで、こういう使い方もアリなんだなぁとほっとしたような次第ですし、やはりきちんとした研究者が書かれているだけあって、分かりやすく、より具体的で非常に勉強になりました。

 そんな私のやり方は、「出てきたカードから今を見つめ直す」です。
 カードは、思い当たる節なんかなにもなくてもいいのです。でも、出てきたそれにもし意味があるならと、「カードはこういう意味なんだけど、なにか思い当たることはないか?」といったように、問題を見直します。
 人は我が儘で身勝手なので、たとえば、彼氏とケンカした女の子が、「仲直りしたい」と思っていても、「彼が悪いんだから謝ってこなきゃ許さない」と意固地になっていたりするとします。で、第三者から見たら、彼女のほうが我が儘で、彼のほうに同情する余地があったりすることもあります。
 こういうときは、自分のほうから謝る、ということをすれば簡単に仲直りできるのに、「それはイヤ」と最初から選択肢を除外していたり、「私は悪くない」と思い込んでいて、謝るという簡単な解決策が出てこない状態になっています。
 こういうときにカードをめくり、そこに出てきたカードから、冷静に今を見直します。
 占いとして当たっているかどうかは、関係ありません。ただ、「こういう可能性はないか?」を自分に問いかけていくだけです。「当たる占い」のように、「それは貴方か悪い、貴方から謝れば万事解決」とか約束はしてくれませんが、甘えてないか、ワガママになってないか、支配的になってないか、贅沢してないか、などなど、とにかく出てきたカードから自分に問いかけるだけです。
 なので、思い込みが激しく、それに支配されてしまう人にはできません(笑
 内省的になれるタイプなら、それでいろいろと自分を振り返ることで、今まで気づいていなかった自分、見ないようにしていた自分、そういったものに気付くきっかけになったりします。
 んで、そういう「今まで使ってなかった自分」なら、その問題を解決できる可能性があるのです。
 それが目的です。

 伊泉さんは、コーヒーカップの絵を使って説明していますね。
 コーヒーカップも、見る方向によって姿を変えます。それと同じように、視点を変えればものの見え方も違う、と。
 皇帝のカードであれば「それを貴方が支配し、コントロールしなさい」です(原文は違います。烏解釈込み)。魔術師は「それそのものはいいの悪いもない。すべて貴方のやり方次第」。女教皇は「善悪を明らかにし、なすべきことをなしなさい」といった感じ。
 仕事に行き詰って占ったとして、魔術師が出れば、「それを良くできるも悪くするも、貴方の努力と行動次第」ということになりますし、皇帝だと「他人ごとにして人任せにしないで、自分の支配領域はきっちり自分で管理して、他の人の甘えや我が儘にいちいち付き合うのはやめなさい」になるでしょう。女教皇ならば、「社則とかいったルールをもとにして、どうすべきかをきちんと割り出すのが優先」といったことになります。
 ま、たとえば私が解釈すれば、ですが。

 当たる、当たらないじゃなくて、問題解決のために、自分になにができるのか、どうすべきか。それを少しでもはっきりさせて、実際に動けるようにすること。
 これが私の占いの目的です。
 で、これなら霊感もなにもなくても構いません。
 ただダラダラと今までと同じにしていては解決しない……今までと同じだから解決しない物事なら、自分の行動や意志を変えれば、なにか変化するはずです。
 解決に向けて動くためのきっかけであったり、迷いをたち切って先に進むための背中の一押しであったりする。そういうものをカードによって自分を見つめ直すことで、少しでも手に入れようというわけです。
 なので、出てきたカードは記録して、しばらくは付き合います。いったん解釈しますが、いや、こういう意味か、それともこういう意味か、あのときはこう思えなかったけど、やっぱりこれって私の怠けぐせを示してそうだよなぁ、といった感じ。

 そもそもタロット占いは、藤森さんという研究者・占い師さんも言ってますが、未来を予言しません。もし予言できるとしても、「今、このままで進んだら、こうなる未来」だけです。だから、状況が変わったら途端に違ってきてしまう。職業占い師さんで、本をだしてる人がこんなことを言うくらいです。
 もっと意地悪な私に言わせれば、「当たらなかったら状況が変わったせいにできる」という、卑怯な占いです。
 だから、別に神秘的なものとか、占いが当たるかどうかを信じてなくても、使えばいいと思ってます。私が自己啓発書のように使うように。

 というわけで、そういう私から、ちょっとしたデイリーのタロットワークの紹介です。タロットは自己啓発である、というスタンスに立って勝手に作ったオリジナルのスリーカードです。
 使うのは大アルカナ22枚だけでOK。フルセット使っても、エースだけ混ぜても、気がかりな問題に対応するスートのカードだけ混ぜても構いませんが、そうすると、枚数が多すぎて混ぜるのが大変とか、いちいちカードを選び出さないとならないとかで面倒で、気が向いたときにちょっととか、毎日朝に、とかは難しくなります。
 カードは、トランプを混ぜるような切り方でOKです。テーブルに広げてぐるぐる、なんてことはしません。場所とるし。
 で、好きなだけ切ったら、上から三枚、順番に置いていきます。置き方は、普通に左から三枚並べるだけで構いません。もしちょっと形を作りたいなら、最初の二枚を横に並べた後、一枚だけはその上か下に置いて三角形を作ってもいいでしょう。
 一枚目は「良い私」のカード。二枚目は「悪い私」。三枚目は「本日のギフト」です。正位置・逆位置は気にしません。(トランプのように切り混ぜる以上、最初にきちんと向きを揃えてあったカードなら、正位置しか出てこないことになります)
 「良い私」は、今日発揮される、自分の良い面か、あるいは、これに気をつけて、こうなるように少し意識してみましょう、というカード。これはどんなカードで出ても、プラスの解釈をします。たとえ悪魔でも「大胆に、既存の発想にこだわらずに」とか、塔でも「今までのやり方にうじうじこだわらず、頭をリセットして」とかいった具合です。
 「悪い私」は、ついうっかりこんなことをしないか、気をつけたい自分の姿。魔術師なら「いい加減なウソをつく」とか女帝だと「無駄な買い物をする」とか。これも、どんなカードが出ても悪く読みます。世界でさえ「調子にのって浮かれすぎ」とかいうように。
 「本日のギフト」は、朝にテレビで見る星占いくらいのものです。「こういうことが起こるかもしれません」とか「こんな感じの一日になるでしょう」。良いカードなら「良い私」を活用しそれを手に入れようとしてもいいし、悪いカードならそうならないように気をつけるだけです。

 で、三枚まとめてなにか連想されたら、いかにも占いっぽいですね。たとえば@魔術師、A悪魔、B女教皇、だったら、良い私は意志をしっかり持って行動し、悪い私は誘惑に負けます。ギフトのカードは知性を意味するので、「遊びたいと思っても、それが大切なものでないなら今日はちょっと我慢して、コツコツと続けてきたものがあるなら、それに一人で静かに取り組むと、しっかり成果が出る」とか言えます。魔術師のカードは、独創的なアイディアなどで物事を大きく動かすカードですが、そうなるためには見習い時代、きちんと法則や手順を学んできた下地があり、それが彼の自信につながっている、というのが私のカードイメージ、解釈なので、こんな感じになります。
 もし資格取得の勉強をしていたり、私のように趣味であれこうしてあれこれ調べ物をしたりしているようなら、ぜひそれに取り組んだほうがいいって言いますね。たとえそれがゲーム攻略でも(笑)、真面目にコツコツと積み重ね、調べて書き記しているなら、一種の研究ですし。
 で、こういう結果がまさに資格の勉強してる人とかに出ると「当たってる!」とか言われるんでしょう。
 でも、私は「そうなる」とは言いませんし、そうするといいことがある、とも言いません。

 ただ、今日はそうしてみたらどうですかっていうだけ。そういう、ちょっとした行動の指針です。
 誰かから飲みに誘われたとき、普段なら二つ返事で引き受けるのですが、実は本当はあまり行きたくなかったりすることもあります。悪魔のカードが出ていれば、「ちょっと待て。本当にこいつと飲みたいのか? 金かけて、愚痴聞きたいのか? たしかにちょっと飲みたい気はするけど、お金もかかるし、本心から楽しめないなら、悪魔のカードに警告されてる今日は、とりあえずやめておこう」とセルフコントロールするだけ。
 で、なんとなく延ばし延ばしになってる攻略とかを、「じゃあちょっと進めるかな」とやってみるだけ。
 それでより良い日になったかなんて、神様でもあるまいし、分かりません。
 大事なのは、意識して自分を動かすこと。
 なにか大きな問題に直面したとき、カードだろうと友人だろうと、アドバイスをされたときにそれを聞き入れ、行動する力がなければなにも変わりません。それもやはり、セルフコントロールです。
 そういう訓練みたいなものだという、けったいなスプレッドです。
 大アルカナ22枚だけ、トランプのように切り混ぜるだけなら簡単ですから、ちょっと本気でやるつもりがあれば、毎日でもできます。
 で、そうやってタロットに触る頻度を上げて、意味を調べたりする回数を増やせば、自然に慣れていくだろうというトレーニングでもあるのでした。

 という感じのことをツラツラ書き連ねたコーナーをそう遠からず開設する予定ですので、興味のあるかたは覗いてみてください。

 ちなみにこちらは、現在作成中の所有デッキリストです。
 誤脱字の修正がまだなのと、記述ルールをもう少し吟味し統一してから正式にアップしますが、興味のある人はどうぞご覧ください。
 ttp://karasuya.fool.jp/original/tarot/tarot_0.html



2011年2月18日(金)

 ファンタジーの世界にある程度詳しい人であれば、「オーク」と言われたときに出てくるイメージがあるかと思います。
 いわばシュレック。緑色で、ちょっとブタ鼻で、もしかすると、あまり賢くないとか、貪欲だとか、パワーファイターというイメージがある人もいるかもしれません。
 今までにどういう「オーク」を見てきたか、どんな設定のファンタジーを読んだりプレイしてきたかで細部は異なると思いますが、それにしても、イケメンとか美女からは程遠い種族ではないかと思います。
 私も、「オーク」といえばブタさんぽいし、かっこいいと思うキャラクターがいたことはありませんでした。

 だがしかし!!
 「TWO WORLD 2」をプレイし、そんな既成概念はすべてぶち壊されました!
 なにこの人たちカッコイイ……ッ。
 戦士もかっこいいし、弓を使う人もかっこいいし、魔法使いもかっこいいし、シーフのおねえちゃんなんて(鼻と口元を隠してますが)美人さんだし!!
 まさか、オークにこんな印象を持つとは夢にも思いませんでしたよ。

 ゲームとしては、ちょっと視点の不安定さ、カメラの不安定さが厳しく、私でさえ3D酔いしそうですが、魔法の作成システムもけっこう面白そうですし、これはちまちまと続けそうです。
 ゲームもけっこう親切設計で、スタートから、近接武器の使い方、弓の使い方、魔法の使い方、解錠の仕方を一通り解説しつつのチュートリアルがありました。で、そのたびにちゃんと「これを使え」と武器とかアイテムを渡されて、初期装備として一揃えもらえることになります。
 プレイヤーキャラクターにはクラスもなにもなく、覚えさせるスキルとか伸ばすステータスでどんなキャラクターにもできるゲームなので、なんにでもなれるように、という配慮でしょう。
 戦闘も連続攻撃、ガードといった基本的なものから、ガード崩しやカウンターもあって、ドラゴン・エイジと比べても馴染みやすいタイプです。難易度設定をイージーにすると別に苦労することもない感じ。

 本当に、惜しむらくは画面の揺れが激しいこと。カメラの反応が良すぎて(最も遅くしても)、でも戦闘中に向きを変えるには遅すぎて、とにかくふらふらと画面が揺れます。
 これさえもっとなんとかしてくれたら、何時間かぶっ続けて遊んだかなと思う惜しい出来。
 ま、ぼちぼち進めようと思います。



2011年2月19日(土)

 そういえば、以前、東京の居酒屋で刺身を食べて、マズさにあっけにとられたことがあります。
 仕事関係の打ち上げだったので同僚も何人かそこにいたのですが、「これはないよな」と思わず顔を見合わせました。
 しかも、けっこういいお値段がするものでした。
 で、「本気で言ってるの?」と思ったのは、それを美味しいと言って食べている人たちもいたこと。
 東京にも海はあるけど……やはり「遠い海」なのかもしれないなぁなんて思った覚えがあります。

 海に面し、山も背負い、平野もあるという片田舎なので、食べ物は不味いものはあまりありません。そりゃ特別に力を容れて生産したようなものには太刀打ちできませんし、さすがに肉、畜産はほとんどやってないと思いますが、海のもの、山のものなら、ちょっとしたものは簡単に新鮮なものが手に入ります。米もいプランド米あるんじゃなかったかな。
 先述の居酒屋でも、「こんなくらいなら、地元のそのへんの飲み屋でももっとマシなもの食えるよ」とかなんとか言ってました。
 ましてや、漁港のある町へ行くと、民宿とかで驚くほど安く、今朝上がったばかりの魚とかを出してくれたりします。
 私の母の兄さんの嫁さんの実家、というのが漁をやっていて、冬になると水ガニは発泡スチロールで2ケースとか、その家には普通に置かれていましたっけ。もちろん、格安で分けてもらったりもしてました。

 とかなんとか書いているのは、知り合いの更に知人が、スーパーで買ってきた焼き魚を、美味い美味いと食べていたからです@鍋パーティ。
 ううむ、私らなら、スーパーですよ。スーパーで簡単に手に入れられるものを、そんなに美味いと言って食わんでも……。
 この分では、港町の料理屋とか連れて行ったらどうなるんだろう、と思ってしまいました。



2011年2月20日(日)

 「でかまる」はもやし味噌が好きです。本当にシャキシャキしたモヤシで、スープも飽きが来ないし(濃いので飲みませんが)、そりゃ毎日食べたいとは思わないものの、たまに食べると、いつでも美味しいなと思います。
 一時期は300円近くする「ノンフライ」「有名ラーメン店の監修」とかも食べてましたが、結局ああいうのって、自己満足に終始している気もします。不味くはないものの、本当に美味いかと言われたら……。
 普通にカップヌードルとかチキンラーメン、UFOや一平ちゃんなんかほうが美味しい気もします。

 ついでに言えば、最近、アサヒ、カクテルパートナーの「すっきり梅酒のカクテル」にハマってます。春限定のようなので、うっかり箱買いしようかと思ったほどです。
 缶チューハイ系も、新商品が出るとついかたっぱしから試してしまいますが、こんなふうにリピするのは久しぶりかも。
 と言ってる間に2本ほど飲んでます。うひ。



2011年2月21日(月)

 そういえば、一週間ほど前にバレンタイン・デーという日がありましたね。
 職場にて、ぶっちゃけトークで男女それぞれに義理チョコについて話を聞いてみたのですが、「とりあえず、期待されているだろうから」とか「毎年あげているから」とかいう理由であげる女性と、「もらった瞬間にお返ししなきゃと思ってちょっとしんどくなる」男性とで、ものの見事にすれ違っていて笑いました。
 私は、それが本当のただの義理なら、双方とも金の無駄遣いです、やめたほうがいいんじゃないかと思います。
 逆に、たとえ義理でも「なんのかんのあるけど、どの人にだって普段なにかしらお世話になってるなぁ」とか、なんらかの「気持ち」があるなら、渡すことにも意味があると思います。
 ただ、受け取る側にそれが通じなければ、「面倒くさい」のも間違いありません。

 周りがみんなあげているから、私だけあげないのも肩身が狭い、とかいったものもあるような気がしますが、その程度のものなら、事前に周りの男性諸氏に、本当のところどうなのよ、と聞いてみればいいのではないかと。それで、お返しが実は億劫なんだ、と言う人がけっこういるなら、「それなら私は、今年は個別にはあげない。みんなでつまめるように数のたくさんあるものを休憩室とか喫煙室に置いておくから」とか宣言しておくのも手です。
 ちなみにうちの勤務店では男性社員全員が、「ありがたいとは思うけど、正直、お返ししなきゃいけないと思うと面倒」といったような答えでした。
 皆が皆そうではないと思いますが、喜ぶはずと思い込んで配ってる女性のかたがたは、もう少し相手の立場になって考えてみてもいいかもですね。

 ただし。
 これは、毎年のように複数個、義理チョコを押し付けられている男性諸氏の意見です。
 もし誰もくれないとなると、あっさりと別の意見が出てくる率も非常に高いように思いました(笑
 周りの女性が誰も「義理チョコなんて渡さない」と言っていたら、一人だけ配るのも気まずいだろうし、結局、お互いに勝手なこと言ってる・やってるだけなんだろうなぁ、きっと。



2011年2月22日(火)

 馬来ねぇ……。
 TWO WORLD 2の話です。
 転送装置で飛んだら、馬置き去りですか?
 えー……一瞬でやる気が消滅しました。しかも、一度使った(見つけた)転送装置はいつでも使用可能になるはずなのに、その馬の傍になるはずの転送装置が選択できない。
 おいー。

 ドラゴンエイジも、悪党プレイするのでないなら特に面白い展開でもないし、いちいち仲間の好感度が下がったりして(同時に上がる人もいるけれど)けっこうストレス溜まるし、微妙かも。

 で、やっぱりマスに戻る、と(笑
 それに今はタロットのページ修正をちまちま進めているので、そっちに時間使ってます。
 ま、ゲームやってるよか生産的か。



2011年2月23日(水)

 仕事はできるけれど、人当たりがキツくてとにかく人を傷つけたり怒らせたり苛立たせたりしている人。
 こういう人を「仕事ができるからって、それでは評価できない」と言うのか、「仕事ができるんだから別にそれでいい」と言うか。
 それは、それぞれの企業の責任者が決めることです。たとえば社長さんが。
 そういう人のせいで辞める人が出ることもありますが、辞めさせた人と辞める人と、どっちを間違ってるとするのか、ということでもあります。
 私はそういう責任者ではないので、別にどっちだって構いません。
 ただ、自分がそうやって攻撃される身になったら、私には辞める自由がある、その選択権がある、というだけのこと。
 今のところ当事者ではないので静観していますが、―――ええ、リアルの話ですよ(笑
 私は、そんなものは責任者が決めればいいと思ってます。
 そして私は、そういう責任者の支配する場所にいるメリットとデメリットと、そこを去るメリットとデメリットを考えるだけです。

 なので、「その人」についても別にどうとも思いません。そういう人なんだなぁというだけで。
 そして、人が一人辞めたせいで負荷が高くなったことも、特に問題がない間は、「それを自分がさばけるかどうか」だけのことですし、さばけなかったとしても、「うまくいかずガタガタになった」というだけのことでしかないだろうと思ってます。
 なにもかもがうまくいくわけはないんだから、そういうこともあるんじゃないの?と。
 そして、そういう状況になったとき、最も重い責任を背負っているのが、店とか会社の責任者なわけで、私なぞは「じゃあ辞めます」といつでも言い出せるわけです。
 雇われ店長くらいもそうやって辞められますが、社長はそうはいかない。もし、自分の判断が間違っていて店が一軒立ち行かなくなったりしたら、それは大きな損失です。だから、決めるのは社長なわけです。自分の責任で、自分の抱えるものにとってのルールを。

 それにしても、イライラする人もそうですし、そのイライラする人に巻き込まれる人もそうですが、「現状」程度のものになんでそこまで深刻になるのかが分からりません。
 私もその時々で愚痴くらいは言いますが、あまり深刻になることはなくなりました。
 なにがどうだろうと、自分が責任を負う必要があるのでないなら、自分が正しい、自分の言うとおりにしろと言う気もありません。皆がそれぞれに、思うところを実行すればいいと思ってます。
 世の中、自分に不都合なことが起こるのは、別に珍しいことじゃない。その中で自分に期待されること、課せられることが、果たせるかどうかも同じで、必ずしも成功するわけはなく、できなかった、という結果で終わることもあります。
 でも、そんなもんです。
 それを、こうならなきゃいけない、やれなかったらいけない、とか思うからしんどいだけで。
 手を抜けばいいってことじゃなく―――それも一つの選択肢ですが―――やれることをやって、ダメならそういうこともあるだろうってだけ。
 で、自分にできる分はがんばればいいけれど、ストレス溜めて人に当り散らすようになってまでやり遂げて、得るものと失うもの、どちらが多いんでしょう?(タロットの「ソードの5」を思い出します) 得るもののほうが自分には価値があると思うならそうすれば構いませんけどね。まあでもたぶん、やってる本人は「失っているものがいろいろある」ことに気づかず、ただひたすらに自分の正当性だけで動いているんだと思いますが。
 人に当たることでストレス発散している人はまだしも、一人で抱え込んで欝になる人なんて、完全に丸損です。100%達成率なんて、実現できたらものすごい才人だろうというのに。

 どんなことも、面と向かってるときにこそストレスでも、数年もしたらたぶん終わってる内容です。そんな、「今食ってる飯が美味いか不味いか」程度のことで、自分の神経すり減らすことはありますまい。「これ食ったら死ぬかもしれん」ようなことなら真剣になってもいいと思いますけどね。
 不味い飯を延々と食わされて辟易しているとしても、だったら、「食い続けるか、そこから出て行くか」の選択肢です。
 結局、選んで残っている以上、残るだけのメリットがあるから、そうしているんだし。それとも、環境を変えることへの不安から、メリットやデメリットを冷静に、客観的に、現実的に考えることなく、ただ感情で反応しているから疲れるのかもしれません。

 もう少し、ラクに生きればいいのにね。ご苦労様です。



2011年2月26日(土)

 ファンタシースターポータブル2インフィニティ(長いッ!)。
 ……エピソード2がまさか5章しかないとは思いませんでした orz
 おいおいおいおいおいおいおいおい!
 ちょっと待てよおい!!
 アペンドディスクで出せば良かったんじゃないのか!?
 まあ、新キャラのナギサはベタだけど可愛かったし、ワイナールもベタだけど笑わせてくれたし、システム的にエピソード1を更に遊べるようになったということで、詐欺だとは言いませんが、―――冷静に考えれば、容量的にエピソード1と同程度のものが入る余地はないわけですしね。
 そのわりに、「容量の限界まで!」とかやたら謳ってましたよね? ウソはついてないわけですが、そこまで煽られたら「同じとまではいかなくとも、近いボリュームで」とか思いますよ?
 あーあやれやれだ。



2011年2月27日(日)

 よし、今日こそ部屋を片付けるぞ、と思うのですが、そのためには、片付けのために動くスペースを作らないとならない状態です orz
 物が……物がありすぎる……。
 とりあえず大量の本を再び売りに行くべき計画しています。CDはとりあえずPCに取り込んでから。
 ベッド下の収納スペースを使えるようになれば格段に効率てかするのですが、残念ながらそこには、ブラウン管のテレビが二台と32インチのモニターが一台に各種周辺機器の箱とかが突っ込まれているのです。
 なんでそんなにモニター系があるのかって? 一台はレオパレスの付属しななので外への持ち出しができず、これは仕方ないのですが、一台は持ち込んだもの、もう一台は買ったけど、他のモニターに買い直したものです。
 部屋を片付けたら親父殿にでも相談して、引きとってもらうか、売却に連れて行ってもらうかなぁ。結局使ってないプリンターとか、PCでいいやと使わなくなったコンポも邪魔だし……。



2011年2月28日(月)

 タロットのコーナーを作るため、実家から、いにしえに購入したタロットのセットを一通り持ってきました。
 ……最近買ったものも含めると、実に51種類。
 以前にここでさらっと紹介したのは半分程度ということになります。ううむ。
 コレクター魂が疼くタイミングでいろいろと買うので、最近も6パックくらい買ってますが、それにしても、思った以上に1990年代に買ったものが出てきたのです。
 今では絶版になっているものもあるはずなので、ある種貴重かも。


Made with Shibayan Diary