2002年12月1日(日)
師走。
いつの間にか、地元に戻って一年がたったことになる。
その話は少し前にも書いているので繰り返さないが、あまり実のある一年とは思えないのが正直なところだ。
ここのところ微妙に体調不良である。
といっても、熱が出ただの咳が止まらんだのということではなく、あくまでも「微妙に」なのだ。
どうも鼻がぐずつく時があるとか、ぼーっとしてるとか(単にボケてるだけか)、なんとくダルいとか。
それゆへ、仕事にはなんの支障もない。
むしろ、あれやらねばこれせねば、と動いていれば快調である。
昔っからこんな具合で、「うごけーん」というほどの風邪というものは、ひいたことがない。熱出してうんうんうなっていたことなど、一度か二度、あるかどうかだ。
げほげほ咳してはいても熱はないとか、なんとなく熱っぽいような気はするんだが妙にハイテンションだとか、いつもそんな感じである。
で、現在もそのジンクス(違)は健在で、やや体調不良の時のほうが、全体的に見れば快調に物事が片付くのである。
話が進むとか仕事が楽しいとか。
なんだか妙な己である。
2002年12月2日(月)
買ってしまった……。
プレステ2。
今日一日で本etcと合わせて4万yenの出費である。
これで今月の買い物はおしまいだぁい……T▽T
2002年12月3日(火)
昨日ハードと一緒に買ってきたのは「Devil May Cry」。
発売して間もない頃、友人宅でひたすらコンボをつなげる研究ばかりしていたという阿呆なお気に入り。
そのあまりの阿呆さ加減は、その頃の巣の日記に書くことさえ憚られるものであったという……(ぉぃ
一年ぶりくらいで触ってみると、もうすっかり忘れていた。
「あれーハイクってどーやるんだっけー?」とか極初歩的な技まで忘却し果て、エピソード1の雑魚にすら二度ほど殺される始末。おかげでEASYモードが出現してしまう。
Dante Must Dieモードまでクリアした当時の腕はいったいどこに消えたのだらう……。謎である。
しかしストーリーを進める気なぞカケラもなく、ぼへらーと雑魚を倒して歩いているうちに、回避のやり方を思い出す。説明書読めというツッコミはなしの方向でヨロシク。
戦い方は忘れているくせに隠しアイテムの在り処はしっかり思い出し、エピソードクリア目前まできておいて、のこのこと最初のホールにまで戻る。しかし肝心なその場所、銅像の槍の上に乗る方法が思い出せず、その周辺を柳に挑むカエルのようにひょこひょこ飛び回るダンテさん。
ああああ、ごめんよ、クールガイにこんなことさせてぇ……。
そんなことをしているうちに、「飛行機の上にもなんかあったよな」と余計なことまで思い出し、銅像は諦めてのこのことそちらへ。そこでは無事に2アイテムゲットし、渋々とクリアしようとして。
「水槽みたいな中にもカケラあったよな」とまた余計なことを思い出す。
そしてふらふらとまた引き返し、探し回る。
なんだか、悪魔狩人というよりトレジャーハンターくさいダンテさんである。ちょっとチープ。
それにしても、自分が何処にいるのか、マップのつながりが分からなくなるのが痛い。いや、記憶はするけど、一つの建物、として把握できないというか。
データ容量なんかの関係で、巨大なマップを自分で好きなように視点操作しつつ自由に探索する、というようにはいかなかったんだろうか。
つまり、L2キーにマップ表示なんか割り振らず、視点修正でも入れておけば良かったのに、と思うのである。PSO式に。
PSOで「DMCくらいの自由度あったら楽しかろうな」という話をした時、逆に「DMCにPSO式のマップと視点修正方法があったらスムーズだろうにな」と思ったことも思い出した。
スタイリッシュに見せる、ということで、ある程度「かっこいい角度」を指定しているんだろうが、そのせいで情けない始末になることもある。
マップ切り替えのポイントは曖昧だし、それで戦っているときにいきなりマップチェンジしてしまい、自分の立ち位置と敵の位置関係を見失い、計画していたコンボがパア、ダンテさんはおろおろしている間に切りまくられる、という。
オートロックはいいが俺が狙いたいのはそいつじゃねえ、そいつを最後に仕留めて綺麗にフィニッシュ飾るんだよこの野郎、ともどかしい思いをした覚えもあったり。
1月に「DMC 2」が出るが、それでどう変化しているのか、非常に気になる。
今度は壁が走れたり(おまえは忍者か)ガンアクションは増えてたりするみたいだが、操作性が充分でなければ、それも活かせないわけで。
忍者といえば、12/5に出る「SHINOBI」も非常に気になってマス。でも後半の難易度はアクションゲームが得意な人でも苦しかろう、というレベルらしく。
ああああ、でもたぶん買っちまうんだろうなぁ、己。
2002年12月4日(水)
無理はないことと言えど、普段はまったくなんの連絡も寄越さないのに、困ったことが起こった時だけ、電話だのを寄越す知人というのがいる。
用のない時にまで気にかけられても、それは限度と程度というもので、行き過ぎれば鬱陶しいわけだが、常日頃は完璧なまでに音沙汰もないまま、「悩んでるんだけど」という時だけ言ってこられてもねぇ。
純粋に好意だけで成り立っている友人関係というものがどれほどあるかは疑問だ。
その時には「トモダチだよねっ」と思っていても、なにかあった時、あるいは極めて冷静に振り返れば、その人と付き合うことによるメリットによって、付き合いを存続させようとしている節が見えないこともない。
もちろん、純粋な好意、といったところで、突き詰めれば「その人といると(話すと)心地良いから」という自分の利益につながっている。
メリットゆえに付き合う、というのは当たり前だろう。
まあ、それがあまりにも即物的だと、私はちょっとどうかと思うが。
なんにせよ、日頃から「こんなことあったんだよ〜」とか、なにがしかの連絡をくれたりしている相手のことならば、私になんとかできることならば、とも思うが、都合のいい時だけ頼って、他の時には無視、という相手には、それ相応に対応することにしている。
つまり、そうやって利用されることが当然でもある、商業的対応、というヤツだ。
「相談に乗ってはやるが、いくらくれる?」と電話口で言ったらば、最初は「冗談言ってないでさ、困ってんだから」と笑っていたが、こちらが本気だと分かった途端、「もういい、おまえには頼まない」。
そうやって突き放すことで私が動揺するとでも思っているんだろうか。
こういうのも、一種の自惚れだ。
正直、私はそのDのことなど、普段はまるで思い浮かべもしない、忘却しきった「かつては友人であった奴」である。
無料相談所代わりにされることがなくなったと思うとせいせいした。
なにか困ったことがあった時、頼ろうと思う相手には、普段からなんらかのメリットを与えておくべきだろう。
それは物質でなくてもいい。相手が困っている時には助けになってやる、ちょっとしたことで気にかけてやる、話し相手になってやる、など精神的なもので充分だ。
とにかく「友達のことだから」とか、「普段お世話になってるから」と思ってもらえるだけの好意というものを、あらかじめ自分に向けさせておくことだ。
それもなしに利用しようとしたって、よほどのお人好しでないかぎり、イエスとは言わないと思うんだが……ノーと言えない日本人、なんだろうなぁ、たぶん。
2002年12月5日(木)
予想通り、本体があるから、と買ってきてしまった「shinobi」。
もともと時代劇好きだし、アクションゲーム好きだし、それでつらつらと雑誌を拾い読みしていたら、「一定時間以内に連続して敵を倒すと、『殺陣』の演出が入る」とか、「連続で攻撃しつづけていると攻撃力が上がっていく」とか、なんだか私のココロをくすぐるシステムがちらほらと。
ここ二年近く、他にやりたいゲームがないから、とPSO一本だったが、これでそろそろ離脱しそうな気配だ。
それでもまあ、自分の作り出した「キャラクター」が生きているあの世界は、そうそう簡単に捨てたり忘れたりはできないだろうけどね。
2002年12月6日(金)
ハンドルネームにはまったく関係ないが、私はいわゆる「カラスの行水」で、風呂に時間はかけない。
入浴に、というより、生活の諸事に、と言ってもいいかもしれない。
食事、睡眠など、短くできるものは短くしておく。あまった時間は、たとえボヘラ〜とネタを考えているだけで他人からは「なにぼーっとしてんの」と言われようとも、有意義に、というより、好きなように使う。
しかし冬の風呂はそうもいかない。
なにせ「必要最低限」に身づくろいだけすると、上がった時が寒い。
仕方ないのでできるだけ湯の温度を上げるのだが、24時間風呂だかなんだか、追い炊きすると希望の温度になるまでに時間がかかって仕方ない。
こういう時は、同時に行えることを同時に片付けてしまうのが一番である。
というわけで、乾いたタオルと、持ち込むのは多少傷んだところで惜しくない本。それからペットボトル入りの飲み物と、軽食。
読書と食事と入浴を一気に済ませようという腹である。
風呂釜の蓋の上にごそごそと持ち込んだものを配置して、あとはのんびりと本を読みつつ、パンだのなんだのをかじる。ちなみに、酒は持ち込まない。一応、万一のことを考えてのことだ。なにせ風呂場で酔いつぶれて溺死、では恥ずかしすぎる。うむ。いくらアルコールに強いとはいえ、湯に浸かりながらでは回り方もいつもと違うだろうしさ。
それでパラパラとマンガなぞめくりつついると、意図せず半身浴と同じようなことになり、汗が出てくる。
そして食事のほうも片付いたら、よっこらせ、と風呂場を後にするのである。
時計を見れば、40分ほど過ぎている。
あとはここに音楽があれば言うことないんだけどなぁ……。
2002年12月7日(土)
VIVA NINJA! \T▽T/
ここで一句。
忍ぶれど 色に出にけり 我がマフラー
とれと言われど これがポリシー
忍んでねぇ、忍んでねぇよ秀真(ホツマ)さん! サムライスピリッツの半蔵もそうだったが、闇夜にひらめき路地からはみ出す、その長い赤マフラーは上忍の義務なんだろうか? ひょっとして、これをつけても隠密行動がとれるようにならないと、上忍にはなれないんだろうか??
と関係のないところから基本のツッコミかましておいて、と。
また、このライバルみたいなの、めいっぱい、蘇生させられた兄貴とかいうオチっぽいなぁ、とかバレバレな展開でないことを祈っておいて、と。
さらには、ゲーセン時代の同僚のKくんは忍者好きだし、きっとこれも買ったんだろうなぁ、とか極めてプライベートな追想も済ませておこう。
昨日買った(書いているのは6日である)「Shinobi」真面目に見れば、かなり「トンデモ」なゲームである。
大地震が起こって東京壊滅、そこにどかんと黄金の城が出現、という状況の説明からスタートするんだが、たとえそれが現実に起ころうとも、ニュースのライブ放送で、さらりと「式神」という言葉を出すレポーターは絶対にいないだろう。これがまず笑える。非現実的な部分が、地震と謎の城の出現、というところではなく、絶対にいそうにないレポーターにあるあたり、どうしようもない。
そして、「忍者」がヘリに乗って現場付近までご出勤、というのもなかなかステキである。極めて現代的なヘリとそのパイロット、後部座席には忍者さん。シュールである。
そして式神によって撃墜されたヘリから飛び降りた忍者さんは、ビルの谷間を落下。途中でひらりと身を反転させるや、鉄筋のビルの壁に刀を突き立てて落下速度を殺す。土や木でできているならいざ知らず、コンクリートですぜ旦那? 折れるっちゅーねん!? しかしかっこいいから許す! 許すぞ私は!
ちなみにこの間、コントローラーはステキな具合にブルブルとデュアルショック。彼がぱっとビルから飛び離れると同時に震動も止まり、着地と共にブルッ。うぅん、イカす★
ベタだろうとなんだろうと、現実的な「忍びの者」ではなく、ヒーローチックなザ・ニンジャ好きなら、時代考証なんかともかく時代劇が好きなら、こういうクサいばかりの演出は大歓迎である。
そうしていざゲームがスタートしてみれば、直前までやっていたDMCのせいでコントローラーの把握に手間取る罠(涙
だってDMCだと×がジャンプなのだが、Shinobiでは○がジャンプ、×でダッシュ。ジャンプしようとしてダッシュしてます、うちのホツマさん。
幸いR1でロックオン、というのは同じで助かったし、L1が視点修正というのはPSOと同じで使いやすいが(そのかわりDMCでは無駄にデビルトリガー発動してしまう罠(死
ともかく、ステージ1は練習である。
説明書などに載っているアクションを一通り実行してみることから始まる忍道。
歩く、走る、ダッシュ、刀での斬り攻撃、方向ボタンを合わせることでの突き飛ばしや蹴りなども試してみる。それから壁走り。ジャンプして壁に触れるだけで自動的に壁を「道」と見なすのでお手軽。
……あああああ、走ってる走ってる……っ♪
それだけで楽しめてしまうあたりがダメダメなプレイヤーである。
動きは普通に走っているだけでもかなりスピーディ。PSOよりDMCのほうがスムーズで速かったが、それよりも更に速い。さすがニンジャ。ダッシュともなると、ほぼ瞬間移動クラスである。それもダッシュ中は無敵。なびく赤マフラー、残る残像……ほぅ……(うっとり
と、街中を嬉しそうに走っていると、敵が出現した。
いよいよ実戦である。
下っ端も下っ端、ドラクエでいえばスライム、FFでいえばゴブリンにあたる、雑魚忍者が出てくる。とはいえ、ぼんやりと近くにいるとさくっと斬られてしまうので、とりあえず近くでべしべしと攻撃ボタンを叩く。それだけでも無傷で済んでしまうあたり、ステージ1−1。
少し高度な技術も身に付けておかねば、と「回り込み」の実戦トレーニングに移る。
敵の近くでダッシュすれば、自動的に回り込みになるという。そして、背後からズバッと行けば一撃なのだ。
しかし間合いが悪いのか、方向指示がなってないのか、普通にダッシュしてしまうホツマさん。逃げるつもりはないのに〜、とのこのこと走り戻る。
それ以後も、適当にさくさく斬っているだけなんだが、少し雑魚の数が多くなると、全員仕留めるだけで「殺陣」の演出が入る。
クールにポーズを決めて、背中の鞘へと刀を戻せば、ばたばたと倒れていく雑魚たち。
それはいいんだが、殺陣用にという配慮か、「死亡」判定になっても、最後の瞬間のまま頑張ってこらえて立っている雑魚たちの姿が哀れである。そして殺陣が成立しないと、そのまま虚しくパタリ……。
ごめんよぉぉぉぉ、となんだか余計な理由で殺陣を完成させようとしてしまうホツマさん。既にギャグである。
そして、「ニンジャだからさ★」で片付けるにはどうにも無理があるアクションも試す。
まずは、足場もないのに二段ジャンプ。壁を蹴ってまたジャンプ、とかいう可愛らしいレベルではないのである。21世紀にまで受け継がれたニンジャの技は、空中で、足場もないのにもう一度ジャンプする、という体術にまで到っているようだ。
そして、空中ダッシュ。ジャンプ中にダッシュである。なにを蹴ってダッシュしているのか、謎である。二段ジャンプといい、ひょっとして最新の携帯ジェット飛行装置とか背負ってんじゃなかろうか、こいつ。
それもこの空中ダッシュ、敵を攻撃すればまた使える、という。
つまり、ジャンプ→空中の敵に攻撃→ダッシュ→敵に攻撃→ダッシュ……は、理論上は永久運動なのである。まあ、これは「斬った敵を足場にしている」と解釈すれば、まだ理解の範疇ではあるけどさ。……だったらどうして「敵を斬ったらまたジャンプ」はできないんだろう……。
ともかくっ、オープニングのデモプレイでは、それを駆使してかなりの距離を空中移動するシーンもあった。あのエリアに辿り着くまでには、ぜひとも私もものにしておきたいアクションである。
そんなこんなで、ひょいひょいと街中を跳ね回り、あちこちとうろついていたら、どうやらステージの最後、ボスエリアに入ってしまったらしい。ムービーが挿入されてしまう。
で。
いきなり小ボス=軍用ヘリですか(滝汗
駐車場に行儀良く並んで止まっている車を、バルカンやロケットミサイルでぶち壊すヘリ。しかしさすがはファーストボスである。あんまり積極的にこっちを狙ってはこず、動きも緩慢。ゆっくりと旋回し、攻撃目標を把握し、そしてやっとこさ攻撃に移る感じ。
地面から湧き出してくる雑魚忍たちを適当に倒しつつ、ダッシュで逃げていればとりあえず無事でいられる。
が、それではいつまでたってもクリアはできないわけで。
倒そうとすると、結構つらかった。
なにせ相手は空である。ジャンプして斬るしかないのだが、間合いを間違うと、ヘリの羽にだろうか。べしっとダメージをくらってしまう。
背後に回りこんで、とか腹の下にもぐりこんで、と思うのだが、敵が画面外にいるから難しい。ロックオンしていれば方向指示のマークは出るが、相手を捉えることに一苦労する。
それでも、雑魚を倒すと出てくる回復アイテムなんかを拾いつつ、ダッシュして接近、腹の下から間合いをはかりつつ、ぺち、ぺち、と斬っていたら、いつの間にか倒してしまった。
……というか、ビルの時もそうだが、その刀、いったい何でできてるんだ?(汗
攻撃アクション、にかぎると、選択肢はDMCのほうが多いし、楽しい。
Shinobiでは基本的に刀で斬る攻撃しかないし、それも四連続で終了。途中、突き飛ばしと蹴りを派生させることはできるが、それだけである。
手裏剣や忍術は別口の一発技だし、それは攻撃に組み込んでコンボにできるという類のものでもない。
また、動きが速いのはいいが、速すぎて目で追えませんTT 感覚的には分かるんだが、モーションのカッコよさをこの目でしかとは確かめられないのである。じーーーっと画面に集中し、「よし、蹴り出た」とかやってられるのは、雑魚が非常に弱く、数も少ないからである。後半はこんなもの「見て」はいられないと思われ。
だが、移動アクションに関しては、動いているだけで楽しい。走ってダッシュしてジャンプして壁走って……と動き回っているだけで、そこそこ楽しめてしまう。雑魚の弱さとボスの手ごわさはひどくアンバランスだが、逆に言えば、ボスにさえいかなければ、アクションが少しくらい苦手でも、この動き回る爽快感は楽しめる、ということだ。
忍者らしいゲームにするなら、ひそむ、隠れる、這う、などといったアクションもできたほうが「らしい」のかもしれない。だがそれをすると、爽快感は薄れてしまう。
正統な忍者っぽいアクションが楽しみたいなら、MGS(メタルギアソリッド)をすればいい。「見つからずに動く」といういかにも忍者っぽいゲームだ。
Shinobiがとったのは、ザ・ニンジャの超人的な体術と、スピード命のアクションなのだろう。
だいたい、どんなゲームでも、あれもこれもと欲張ると、かえってつまらなくなるものだ。
派手なアクション、そしてキー操作の素早さや正確さを要求されるようなゲームは、徹底してそれにこだわり、それだけにしたほうがいい。
そうすれば、ゲームを始めればいつでも、自分が求めたその快感がそこにある。 「見つからずに潜入、×ボタンで匍匐前進」なんてスローな展開を求めているなら、他のゲームをやればいい。
一つのゲームの中であれもこれも、なんてのは間違いなのだ。
選択肢は、「いくつものゲーム」の中にあればいい。
これはゲームにかぎったことではない。
別にゲーマーでもないのにここを読んでいる、奇特なザレゴト読者のため、少しは広範な話に入るとしよう。
小説でも同じだ。
テーマをあれもこれもと詰め込めば、それだけ深く重く(内容が、ではない)面白いものになるかと言えば、答えはノーだ。
いくつものテーマが絡み合い、その壮大な渦の中に読者を引きずり込む、なんてのには、ものすごい力量が必要であるし、たいていは分量も必要になる。一つ一つのテーマをじっくりと掘り下げ、物語の中に浮かび上がらせようすれば、必然的にそうなってしまう。
webに多い短編、SSというものは、一つのテーマをいかに端的に、かつ分かりやすく、際立った視点から描くか、である。消化しきれていないテーマが、いくつもだらだらと転がっているようなものは、決して良い作品ではない。作者が楽しんでいるだけだ(痛ひ……TT
さらにいえばこれは、会話でも同じ。
なにげない日常のコミュニケーションならばともかく、商談や相談など、なにか焦点のある話をするというなら、あれもこれも、と「ついで」の話は入れてはいけない。
それで肝心な話をフォローしようとしているのかもしれないが、実際は、肝心な焦点がぼやけてしまうだけになりやすい。
明確に、はっきりとした「主題」が打ち出され、みなに提示され、理解されていて初めて、他の挿話や関連話などが生きてくるのである。重心の在り処もはっきりしないのに荷物を積んだって、崩れてひっくり返るのは目に見えているだろう。
……と、いうわけで。
Shinobi。
面白い。
まるで不満がないわけではないが、不満はあるとしても、充分に楽しめるゲームだと思う。
もちろん、得手不得手があるから誰にでもということはない。
アクションが苦手な人でも、そこそこは進めると思う。特にステージ1の雑魚など、適当に攻撃しているだけでいつの間にかいなくなっている。のっけからEASYモードが選べるし、それだと一撃で雑魚は死亡というお気楽さ。
壁走りやジャンプ、ダッシュなどのアクションもボタン一つとか自動発生だから、手軽に「ニンジャっぽく走り回る」ことは楽しめる。
ただ、かっこよく立ち回ろうとすると、どうしても技術が必要だ。
それに、まだちょっと分からないが、主人公のHPが増えたりしないのなら(EXPとかアイテムとかを集めれば上限がアップするという具合に)、後半になると技術なしでは進めなくなる可能性もある。
ステージ1−2では、落下すると即死、という高所での移動もあるし、壁走りとジャンプ離脱、ダッシュしてまた壁にとりつく、ということを繰り返さないと進めない区域もあったりするから、そういったアクションを極めるのが楽しい、という人以外には、あまりオススメできない。
つまり、純粋なアクションゲームだ、と言える。
(ちなみにDMCはRPG要素が入っていて、時間がかかってもいいから、雑魚を倒してレッドオーブというアイテムを集めれば、それでHP上限などがある程度アップさせられる。悪魔城シリーズも、初期は純粋にアクションだったが、月下の夜想曲くらいからRPG要素が入り始めて、間口が広くなった。)
時代劇的な、理不尽だろうと娯楽に徹した演出やストーリー、スピード重視のアクション、かなり私好みだ。
慣れてきて、ロックオンの仕組みなんかも熟知してくれば、出てくる雑魚を片っ端から背後に回りこんで一撃、連続で倒して殺陣完成、とかいうこともできそうで、プレイヤーが腕を磨く楽しみもある。
一度クリアしてしまったステージはいつでも遊べる、というのもいい。
ステージ2に入ると、武器である刀が覚醒し、「敵を連続で切っていくと攻撃力がアップするが、徐々にエネルギー(刀のHPみたいなもの)を消費する」という仕組みになる。刀自身のエネルギーをまず消費し、それがなくなると、今度はホツマさんのHPをとっていくのだ。うーん、魔剣。
敵を倒すと出てくるアイテムをとって、刀のエネルギーも補充してやらなければならない。こうなると敵はなるべく速く倒さなければならないし、自分がダメージを受けるのも極力減らす必要がある。
それには技術が必要である。
しかし、クリアしたステージを何度も遊べるということは、もし自分の腕が足りなければ、それ以前のステージで繰り返して練習するということができる。
とにかく先に進むしかない、進んでしまったら引き返せない、というのではない。ここは秀逸な点だろう。ステージセレクトシステムによって、「もうどうやっても進めない、今まで進めてきたデータは諦めて、最初のステージからまたやり直すしかない」という悲劇はなくしている。高難易度のアクションを要求するゲームとしては、まったく適切な処置だ。
唯一「ちょっとなー」と思うのは、ゲームオーバーになってしまうと、そのステージの最初からやり直し、というところと、途中でのセーブが不可能なところ。
つまり、始めてしまったら意地でもそのステージはクリアしないとならない。そうしないと、データがセーブされないのである。
ボス戦は、負ければそのボスのところに入ったところからやり直しだが、なんとか倒さないと、リセットするしかないのである。
せめて道中にもセーブポイントを設けて、ゲームオーバー時は最後にセーブしたところから、にしてほしかった。さもないと、30分しかないからちょっとだけ、という楽しみ方はできない。
まあ、ステージクリアにかかる時間が、慣れてしまえば数分、というゲームだろうから、そう大した問題でもないけどさ。
はて、買おうかどうしようか迷ってる人なんかがいれば、少しくらいは参考になっただろうか?
2002年12月8日(日)
突然。
「夢はなんですか?」と訊かれる。
バイト中、一緒にいたスタッフからなんだが。
まあ、ネタ半分の話だろうし、適当にバカな答えを返しておく。
正直に答えれば、「夢は左団扇で好き放題」。
見るだけならタダ、の「夢」ならそんなところだ。
将来の目標、という具体的で現実的な話には、「夢」という言葉はまるで似合わない。
夢に描いているだけの将来なんてものは、よほどの強運でなければ実現しない。
かなえたいなら、「夢」と呼ぶことをやめて、「目標」として定め、そのために必要なものを揃えなければならない。
夢は見るだけのもの。かなう時も、自分の努力なんてものには関係なく、外からの強い力で実現されてしまうだろう。
目標は、到達したいと願う場所だ。そこは、自分の力で辿り着くことに、意味がある。
2002年12月9日(月)
子供は好かん。
特に、大声で泣き喚くガキなんぞ傍にいた日には、本気で蹴り飛ばしたくなる。
自分が泣かない子供だったからかもしれないが、ものすごく単純に、「泣きゃあどうにかなると思ってんじゃねえ」とムカつくのである。
うるさい、という理由も、もちろんある。
だからもちろん、自分たちが邪魔になっていないかどうかも気にかけず、通路やスペースの真中でペチャクチャ立ち話しているオバサンや中学生、高校生も、「いきなり襟首掴まえて裏手に引きずり込んで口きけなくなるくらいまで無言で殴りつけたらどうなるだろう、何故か理解できないんだろうな、理解できないから余計に怖いだろうな」と危険な想像でワクワクできるほど鬱陶しく感じる。
……そんなオマエが一番バカだ、というツッコミは甘んじて受けておこう。
ともかく、子供の話に戻るが、ほんの赤ん坊ならともかく、ある程度育った自分の子供を、うまく泣き止ませられない親というのにも呆れる。
迷子、おねだり、泣いている理由はなんでもいいが、子供というのはあれでかなり利口で、自分の望みが聞き届けられるかどうか、ではなく、「大人が自分(の言葉)にちゃんと関心を持ってくれているかどうか」を、なによりも敏感に感じ取っていると思う。
だから、思うとおりにならなくて泣き出した子供は、真っ向からちゃんと話を聞いてやろうとすれば、けっこうおとなしくなるものである。
子供と目線の高さを同じにして、まずは泣き止むまでじっと、なんでもいい、他愛ない言葉で子供の耳(注意力)だけ刺激しながら、ひたすら目を合わせようとすることだ。
その子の視線を一度でもとらえたら、その中をじっと窺ってやればいい。
そうすれば子供は、「聞いてくれるかな」という気になって、泣くことはやめる。そしてはじめて、こっちの言う言葉にも関心を持ってくれる。
迷子の場合の「おかあさんがいない」という不安は簡単に分かるとして、欲しいものがもらえない、という理由も、実はほとんどは「欲しい、という願いを聞き届けてもらえない=拒絶された、無視された」という、大人の関心を失う不安からきているように思う。
ハタから見ていても、「いい親だよな」と思う人というのは、「買いません」という時には、変な嘘や誤魔化しは使わない。今度、とか、この間同じようなの買ったでしょう、とか適当なことで諦めさせようとはしない。
ちゃんと膝を折って子供と同じ高さになってやり、理由なんか実はどうでもいい。とにかく、「しっかりと貴方の言うことを聞いていますよ」という安心感を与えるだけの時間、子供の目を見て、話を聞いた後で、「今度にしようね」とか、それなりの理由をつけているだけだ。
昼間、買い物に出かけた店で、いわゆる「ヤンママ、ヤンパパ」な二人を見かけたが、ものすごくステキはパパとママだった。
玩具を買って欲しい、と泣き喚きだした子供の手をとって、ママが前にしゃがみこむ。その手をあやすように振りながら、名前を呼んでいるだけなのだが、それは、子供が自分をちゃんと見るのを待っていたようだった。
自分を見てもいない子供に、言葉だけ押し付けたってろくなことはない。うむ。
そして目が合って、じっと黙ってその子を見て、「どうしてもほしい?」と尋ねる。子供は当然頷く。「でも、この間買ってあげたのあるよね。あれはもういらない?」と訊く。前の玩具も気に入っているらしい子供は、否定する。
そういう会話をしばらく続けた後で、「我慢しよう、な」とパパが頭を撫でてやり、抱っこしてやる。笑い顔のパパと目を合わせて、子供が頷いた。
ママさんは、「泣いてるとみっともないよ。笑われるよ」と顔を拭いてやっていた。
どういう育児、教育が一番いいかは人それぞれだろうが、しっかり子供の話を聞き、自分の言葉をしっかりと聞かせ、むやみには叱らない、というこのパパママは、私から見れば、大した二人だと思った。
ギャーギャー泣き喚く子供に、「泣くんじゃない」とか「迷惑でしょう」と叱りつけるだけの親ならいくらでも見てきたが、そんなことしたって子供は賢くならない。自分の中で暴れている感情を、無理やり押さえつけられるだけだから、ただストレスになるだけだ。幸いそんなストレスのことはすぐに忘れるのが子供だが、これが毎度のことになると、確実に歪んでいく。
それより、子供に「これは恥ずかしいことなんだな」と周囲の目、世間というものを意識させて、自発的に我慢させたほうがいい。もちろん、行き過ぎれば、とにかく自分の感情を人前では押さえ込むだけの子供になってしまうだろうが。
なんにせよ、泣きたい放題のガキ連れてる親。
イライラと子供をしかりつける前に、ちっとは自分の態度ってものを振り返ってみたらどうだ、と思ったりするのであった。
さもないと私が踊り場からそのガキ蹴り落とすぞ(まて
2002年12月10日(火)
進めません、Shinobi。
ステージ4まではなんとかよろよろと(←この辺りに未熟さが出ている)進んだものの、そのボスで引っかかり、そのうちにバイトの時間がきてしまい断念。
頼むから途中でセーブさせてくれぇぇぇぇ……T□T
まだまだ回り込みもダッシュも空中移動も使いこなせているとは言えないので、しばし前のステージで精進することにした。
それにしても、毎日のようにPSOとかやって、このクォリティのゲーム世界、というものに慣れてしまった現在だが、ファミコンなんかの時代からダイレクトにこの世界を見れば、ショックだろうなぁ、と思ったりする。
2002年12月11日(水)
またシノビな話。
いや、だって面白いんだも〜。
やればやるほど、「最近こういう、徹底してアクションにこだわったゲームってなかったなぁ」と思わざるをえない。
最近のゲームはどこかRPG的な救済措置が入っていて、時間さえかければ主人公が強化されて進みやすくなる、というものがほとんどだった。
私は徹底したゲーマーではないけれど、ゲームもそれなりに「しっかりと」遊びたいと思うタチだし、なにかを作る、ということに関わるナマモノとして、「いかに面白くするか」「何処に面白さがあるか」「どうすれば引き立つか」なんかについて考えることもある。
RPGの要素を持つアクションゲームというものは、「このゲーム面白そうなんだけど、アクション苦手だしなぁ。クリアできそうもないし、買うのはやめよう」と断念していた人たちを取り込むことに成功した。
正直、プレステの「悪魔城ドラキュラ〜月下の夜想曲〜」をプレイした時には、かなり嬉しかった覚えがある。昔から悪魔城シリーズは好きだったが、どうしても敵が強くて進めず、クリアできずに悔しい思いをしたことがあるからだ。
しかし「月下〜」では、EXPという要素が組み込まれ、ボスに勝てなかったら少しザコを倒して強くなってから挑む、ということができた。クリアした後でも、いろいろとあるアイテムを集めるために歩き回ったり、マップを制覇するためにあちこち行ったり、敵の血を浴びるほど強くなる剣の強化に黙々と励んだり、かなり長い時間楽しめたし、今も売り払ってはいない。
また、「セーブ」というシステムもかなり強い味方になった。
ファミコン時代、ほとんどのゲームは「セーブ」できなかった。
カートリッジをさし、電源を入れたら、コンティニューしつづけている間はよくても、コンティニューを断ってしまったら、次にやる時は一番最初から、というものが全てだった。
それがドラクエでは「パスワード制」でセーブ同然のことができるようになり、やがてカートリッジの中にメモリを組み込んで、本物の「セーブ」ができるようになった。そして、以後はそれが当たり前となる。
それを考えると「セーブ」ということも、実はRPG的な要素である、と言える。
物語を進めていくゲームだから、どうしても長い時間が必要。一度にそんな長い時間はとれないから、進めたところまでの状態を保存しておいて、続きはまた今度、ということが可能でなければならなかった。
ふむ。
なんとなく、「セーブ」できるようになったことで、RPGというジャンルが爆発的にのびた、とも言えそうな気がするね。
それまではスーパーマリオだのマッピーだの、とにかくあるゲームほぼ全て、アクションだったと言ってもいい。あるいはテーブルゲームや、パズルゲーム、シューティングゲーム(ゼビウスとかグラディウスとか)。「それまでの記録」が保存されていることにさして意味がないゲームばかりだった。
ハイスコアなんかは紙切れに書き付けておいたしなぁ。
「主人公の成長」を「保存」することができるようになって、長い時間遊べるゲームが増え、また、ゲーム世界への間口も広がった。
しかし反面、ヌルいゲームが増えてしまったことも確か。誰にでも最後まで楽しんでもらおう、としたことで、ゲームそのものの持っていたシビアさは薄れてしまった。
硬派に、「死」によるペナルティを強く残しているのは、シューティングくらいになりつつあった。
なにせ今時、「死」んでも生き返るのが当たり前で、少し前に戻されるだけで、なにもかもがパア、なんてゲームは珍しくなったもんなぁ。唯一シューティングだけが、残機がなくなったらゲームオーバー、という伝統を残していた。
まあ、それも「ステージの最初からコンティニューできる」程度ではあるけれど、これがないと、どうしても「二時間でクリアできる」程度の短いゲームしか作れないわけだから、ここは大目に見たい。
ちなみに、「長い時間遊べる」ことを前提として作っていく過程で、シューティングやアクションゲームにおいても、挿入されるストーリーが付随するようになったのも、RPG化の一つと言っていいだろう。それまでは、ストーリーなんてものはゲームの進行になんの関係もなく、ただの「背景」でしかなかったんだがねぇ。
……およ?
なんだか真面目にゲームの歴史振り返ってしまっているではないか己。
ともかくである。
なんでもかんでもRPG化して、「時間さえかければなんとか進めるようになる」、という親切なつくりになってしまった今、私にとって「Shinobi」は、かなりツボなゲームであるのだよ。
(以下、延々とこのゲームの魅力について語るので、興味のない人は飛ばしてネ)
「途中でセーブできないのが残念」と書いたが、これは撤回する。
できなくていい。
ステージの最初から、というペナルティで文句はない。
だからこそ、そのステージの後半に入ると、緊張感も増す。敵にやられることがなくても、「奈落」に落ちれば即死だから(「奈落」以外では、どんなに高い場所から飛び降りてもちゃんと着地してくれる。落ちれば即死、と設定されている部分のことを「奈落」とゆう)、さして幅もないビルとビルの間を飛び渡るのにもハラハラする。落ちたらダメージを受けて、そのビルの端から、とかいうシステムだったらこんなにハラハラはできない。
更に、少し前のセーブしたところから、ではなくずっと前の、そのステージに入ったところからのやり直しになると思えば、ますます集中する。
これだよ、この緊迫感、これがアクションゲームなんだぁT▽T
と、ワクワクしつつ、家紋とりに行こうとしてあと一息でボスだっつーところで転落死しますた、案の定(滅
家紋というのは、ゲームのクリアには関係ないんだが、集めるとオマケ要素のコンテンツが開かれるアイテムである。CGが見れるようになったりするわけ。
クリアに関係ないだけに、ちょっと高いところにあったりして、とるのにはテクニックが必要だったり、あるいは特定の場所から特定のアクションで動かなければ届かなかったり、またはマップの隅まで探しに行ったりしなきゃならない。
しかし今のところ、家紋をとろうとさえしなければ、さほど危険なルートは渡らなくても進めている。
ここで生きてくるのが、クリアしてしまえば、そのステージは何度でも遊べるというシステムである。
いきなり家紋をとろうとしなくても、最初はそういったアイテムは無視してボスに進んでしまえばいいことになる。クリアした後で、家紋を集めて回ったりすればいい。「今の自分のテクニックでは無理」な場所にあるものも、いずれ慣れた頃に取りに戻るのである。
私のように、ボス目前にして無理して死亡、とかいうアホなことは、別にあえてやらんでもいいわけである(TT
「ここまで来たし、今回はクリアしてしまおう」と進んでしまえばいいのだ。
で、クリアしたステージのデータは全て残っていて、クリアするごとに、それぞれの評価ポイント(とった家紋の数、ハイスコア、クリアタイム)が、ベストの記録に塗り替えられていく。
だから、「今回はハイスコア狙おう」とか、「今回は速攻でキメる」とか、「今回は家紋集めに行こう」とか、その時ごとに自分で目標を作れる。
あちこち探索して回れば1ステージクリアに10分ほどかかっても、必要最小限の戦闘と移動を心がければ、3分程度で片付いてしまうから(熟練すればもっと早くできるのは言うまでもない)、新しいステージをさっさと片付けるのは苦しくても、既に経験済みのステージを、「まだ時間少しあるし、ちょっとだけやるかな」ということはできる。
敵を素早く次々と倒すことで時短してもいいし、最小限の戦闘で先に進むことで速攻クリアを狙ってもいい。ほんの3分でも、適当に3分、ふらふらとEXP稼ぎにうろつく、とかいうのではなく、「このステージのベストタイム狙うか」、と燃えられるのである。
また、タイムやスコアを総合してのランクもあるから、総合で高いランクを狙うことも、もちろんできる。
ステージセレクトシステムの恩恵というのは、かなり大きいと言える。
難易度が高くなって先に進めなくなっても、それまでのステージで繰り返し練習できる、ということは前にも書いた。気に入ったステージを何度も遊ぶことができるし、また、ステージ間に挿入されるムービーの、気に入った部分を何度でも見られる、という楽しみもある。
これに、とれなかった、あるいは取り忘れた家紋を、いつでも取りにいける、というのも加えられる。つまり、「一度に全部こなすことはない」ということ。だから安心して先に進んでしまえる。
演出面を言えば、殺陣がかっこいいのは「売り」だからひとまず置いておくとして、ステージ間にはこまめにムービーが入る。
ポリゴーンとかの出来は、現在のゲーム世界では普通レベル。恐ろしく美麗、ということもないけれど、見苦しいこともない。まあ、忍者同士の戦闘シーンとか、もうちょっと動きが速いほうがそれっぽくていいよな、とは思うが、妥協できる範囲だろう。
このムービーは、もちろんスタートボタンで飛ばすことができる。
ステージスタート時に、その入り口あたりのマップを俯瞰でざっと見せる演出は、マップの形を把握するのにはいいが、ちょっとまだるっこしい。しかしこれも長すぎてイライラするほどではない。RPGで、戦闘開始のたびに読み込み行うのに耐えられるなら、まず問題ない。
ギミック(仕掛け)を言えば、実に単純。
ほとんどない、と言っていい。
マップの形と家紋なんかの配置そのものが、トリッキーなアクションを要求することはあるが、「このアイテム拾っておいて、あっちでスイッチ入れてからこっちのスイッチ入れて、そのあとでこのアイテム使えば」とかいう謎解き要素は全くない。
あるのは、道をふさいでいる結界を解除するために壊さなければならない封印石くらい。しかしそれも隠されていることはなく、見えるところに堂々と浮かんでいる。
初期ステージだと結界のすぐ傍に一つあるきり、少し進むとそれが二つ、三つになり、また進むと、ちょっと離れたところに設置されていて、そこに行くのに少しばかりテクニックがいる、という程度。
結局、必要なのは「アクション」一点張りなのだ。
で、「売り」の殺陣である。
まず、殺陣演出時の主人公のポーズが四〜五種類ほどある。
片手で印を結んだような姿で、逆の手で背中に刀をおさめる、とか、両手で顔の前に掲げた刀を半回転させると同時に、背後で敵がバタバタと倒れる、とか。
屈んだ姿勢で背中に刀をおさめるものもある。
それに加え、殺陣が完成した時のカメラの位置(主人公の位置)で、アングルや距離が変化するのだが、これはかなりファジーだ。
だから、マフラーだけしか見えないこともある(汗) 背中のアップになりすぎて、画面一杯に赤いマフラーが翻っているのさ!T□T
その他、顔のアップ、腹から腰のアップ、太もものアップなんかも拝見しますた、はい。
今まで見た中で一番気に入っているのは、宙に浮いている敵を最後に仕留めて完成したはいいが、その敵がドアップで画面を塞いでしまった時のこと。「あいやぁ、これじゃホツマさん見えねぇ」と思っていたら、カチン、という音(刀をおさめた音)と共にその敵が縦に真っ二つに切れて左右に分かれ、その向こうにポーズを決めた姿が。
これはマジにかっこ良かったデス( ̄▽ ̄
とにかく、爽快。
かつ緊張感がある。
まだまだ思い通りに動かせなくて、満足の行くアクションを意図的に出すことはできないが、偶然でもキマれば楽しい。
たまたま複数の敵の背後に回りこんだ形になり、一撃でまとめて数匹が死亡したおかげで瞬時に殺陣が完成してしまった時なんかは、あまりの速さに驚くくらいだ。ということは、敵をうまく自分の前だけに引きつけてまとめておけば、意図的にこういうこともできるはずだし、とついうろうろと試そうとしてしまうのは言うまでもない。
また、ステージ2からは武器が覚醒し、というのは以前に書いた。そのおかげで敵を倒さずにおろおろしてると自分まで危うくなる一方、連続で敵を攻撃していけば攻撃力が上がっていく(二段階)。
だから、ザコ中のザコで攻撃力を上げておいて、ちょっと大型の敵を最後に残し(今のところ偶然残るだけ。ロック切り替えなんてしてる余裕ないスTT)、そいつを背後に回りこんで一撃で倒した時なんかは、メチャクチャ気分いい。初期状態からだと5、6回は切らなきゃいけないし、ガードしてくるし、反撃くらうし、とけっこう苦労するだけに。
これを狙ってできるようになったらどんなに面白いだろうと思う。
しかしまあ、中心であるゲーム部分の出来がいいから、問題はない。アクションゲームなのにストーリーにばっかりこだわって、肝心なアクション部分はヘタレというのよりは数千倍もマシだ。
欲を言えばここも徹底して欲しかった、というところだが、それはちょっと贅沢すぎる望みでもあるだろう。
というわけで、雑誌なんかのレビューのように評価点数をつけるなら、私は95まで出す。
残りの5は「アクション苦手だとつらい」という、「プレイヤーを選ぶ部分があるよ」という警告で4、ストーリーを伝える部分の弱さで1。
ストーリーについて厳しく減点するのは、このゲームが「なにを楽しむために作られているか」という本質を見失った評価に過ぎない。
難易度が高い、ということそのものを減点の対象にするのは、ちょっと勘違いだろう。アクションゲームたるものは、キャラクターの強化によって進めるようになるものではなく、どこまでも果てしなくひたすらに、プレイヤー自身の強化によって進めるようになるものだからだ。誰にでもへろっとクリアできてしまうようなものは、「プレイヤーが自分の腕を鍛える」という肝心の面白みが欠けてしまっているものなのである。
終盤に入ってみないと分からないが、緻密かつ的確な操作が得意なヘビーなプレイヤーなら、クリアするだけなら余裕なのかもしれない。それを考慮してある程度難しくしてしまえば、「アクション苦手な人にはクリア不可能」ということになってしまうのは、純粋なアクションゲームの宿命なのである。RPGと違い、誰にでもクリアできるものではない、というのがアクションゲームなのである。
「そんなのダメ、間違ってる」というのは、却下。そんなのつまり、「誰にだってアインシュタインと同じだけの発見ができて当然」と言ってるのと大差ない。人にはそれぞれ、できることとできないことがある、当然なのである、うむ。
途中セーブができない、というのも、減点するほどのことはない。なにせ1ステージ(次のセーブポイントまで)クリアするのに長くても10分〜20分というところだから、3時間分がパア、なんてことはない。オートセーブされるから、セーブし忘れて、なんてこともないし。
また最初からやらなきゃ、という反復のつらさは、死んだら終わり、という緊張感を生み出してくれる。この緊張感、スリルというのも、立派な楽しみだ。人間、まったりのんびり楽してばっかじゃいかんよ(何
ゲームにかぎって言えば、いろんなミニゲームやシステム、できることをあれこれと盛り込んだ「あれもあるよ、これもできるよ」といったゲームは腐るほどあるが、「余計なものは殺ぎ落としたな」と感じられるソリッドでタイトなゲームは、久しく出会わなかった。
私の目から見れば、Shinobiは近年稀に見る、アクションゲームの傑作である。
プレイヤーを選ぶのは当たり前。クリアできない人がいるのも当たり前。それがアクションゲームなんだから。ビジュアルやストーリーが気に入ればそれだけで手を出せるという「安い」ゲームじゃない。
主人公は強くなってくれない。強く(上手く)ならなければならないのはプレイヤー自身だ。そのためには繰り返して挑む根気だけではなく、負けん気が必要になる。
それを後押ししてくれるのが、世界観や「殺陣」システムだろう。そして、ステージセレクトシステムだ。ビジュアルや演出さえ気に入れば、自分がクリアできるレベルのところでいいから、そこでいろいろと試して「かっこよさ」を味わうことはできる。自分にクリアできるレベルのステージで、自分なりのベスト(スコア、タイム、総合ランク)に挑むこともできる。そうしてちまちまと遊んでいれば、いつの間にか腕も上がる。
そのおかげで、以前は進めなかったところから先に行ければ、それがまた刺激になる。時間さえかけてふらふらとフィールド歩いていればEXPたまってお金溜まっていいアイテム手に入ってキャラ強くなって……、とかいうお手軽さではなく、自分が苦労して身に付けた自分の腕だから、達成感はRPG系の比にならない。
ストーリーの先が知りたい、というのもプレイする動機になる。だが逆に、負けてばかりで先に進めないし、だから先の展開が分からなくて、と投げてしまう人も当然出てくるだろう。しかし、くどいようだが、これはRPGではなくアクションゲームなのである。先が見たいなら(攻略本とかでではなくてね)自分の腕を磨くしかない。
攻略本が出れば、敵の配置(ランダムではなく固定だから)、アイテムの位置、ボスの攻略方法なんかも解説されるだろうし、そういった知識もプレイヤーの強化の一つになる。